No.228
2000.3

ISASニュース 2000.3 No.228

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第12回

Ge:Ga遠赤外検出器の開発

藤 原 幹 生  

 可視光より波長の長い光を一般に赤外線と呼びますが,その波長は0.76μm〜300μmと広い範囲に及びます。光子の一個のエネルギーは波長をλ(μm)とすると,(1.24/λ)eV(電子ボルト)で与えられます。波長の長い赤外線光子のエネルギーは波長の短いものに比べると400分の1も小さいことになります。この内,波長が30μmより長い領域が遠赤外線です。

 現在,通信総合研究所,東京大学,名古屋大学,宇宙科学研究所のグループは,赤外線天文衛星ASTRO-Fに搭載し遠赤外線の天体サーベイ観測等に用いることを目的として,Ge:Ga(ゲルマニウム・ガリウム)遠赤外検出器の開発を進めています。Ge:GaとはGe(ゲルマニウム)半導体にアクセプタ(p型)になる不純物Ga(ガリウム)をわずかに混ぜ合わせた半導体です。Gaアクセプタのエネルギー準位は11meV(ミリ電子ボルト)と小さなもので,50〜110μmまでの波長の長い(光子のエネルギーの低い)遠赤外光を吸収してホールを生成できます。このホールを電流として読み出せば遠赤外線の検出器として動作します。しかし,エネルギーギャップが非常に小さいため,熱による励起でもホールは生成されます。このため,検出器を絶対温度2〜3度程度まで冷却する必要があります。

 従来このような遠赤外線検出器は単素子で用いられることが一般的でした。検出器の多素子化(多画素化)は天文観測への応用を初めとした遠赤外計測の高精度化,高効率化が期待できます。我々はより多素子のコンパクトな検出器を目標に開発を進めています。現在開発中の検出器は20 X 3素子のモノリシック・アレイで,1つの検出素子の受光面積は500μm X 500μm,これが中心間隔550μmで並びます。

 Ge:Ga素子は,Gaの濃度を上げれば効率よくホールを生成でき感度が上げられますが,信号とは別のホッピング電流が発生しノイズ源となります。このため,Ga濃度の非常に低い結晶を使用する必要があります。一方,検出器の高感度化のためには体積を大きくすれば良いのですが,宇宙空間では高エネルギー粒子が検出器に当たり感度が変動する頻度が高く,正確な観測が困難になります。このため,出来るだけ検出器の体積を小さくする必要が有ります。こういったジレンマを克服するために,検出器の一部にアクセプタ濃度の高い層を形成して感度を確保し,ホッピング電流は抑える構造が提案されています。このような遠赤外線検出器の開発は海外で進められていますが,大がかりな製造装置が必要で試作するには非常に困難を伴います。そこでイオンを打ち込むことによってアクセプタ高濃度層を作成し,擬似的にこの構造を実現し感度の向上を図りました。慎重に製作条件を選んだ結果,検出器感度は2倍程度改善できました。


20 x 3素子ダイレクト・ハイブリッドGe:Ga検出器アレイ

 こうしてできたGe:Ga素子の電極はシリコン・チップに形成された読み出し回路の入力パッドを直接接続させます。この方法は最も実装面積が小さく配線長が短くなるため各パーツの性能を最大限引き出せる理想的なパッケージ形態です。ここで問題になるのは動作温度が極低温であるため,ゲルマニウムとシリコンの冷却時の収縮率の違いにより歪みが生じてしまうことです。現在のデザインでは,室温から動作温度に冷却した際,歪みは12μmとなり,強固に接着してしまうと割れてしまいます。解決策として検出器と読み出し回路の間にインジウムのボール(バンプ)を挟んで電気的接続を保ちつつ,熱サイクルで生じるストレスを緩和する手法を用いています。今回は歪みの量が大きいため,バンプ材料としては比較的大きな直径150μmのボールを使用しました。熱サイクル,振動試験を経て充分な強度で接続されていることが確認されました。

 この開発で,遠赤外検出器において世界で初めての試みとなるダイレクト・ハイブリッド構造のアレイ検出器の作製に成功しました。この検出器を用いたASTRO-Fのサーベイ観測は,1983年に打ち上げられた赤外線観測衛星IRASと比較して感度が1桁以上,解像度は5倍優れています。宇宙初期の銀河の観測や,天体の正確なスペクトル観測に威力を発揮できると期待されています。

(郵政省通信総合研究所 ふじわら・みきお)


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