No.228
2000.3

ISASニュース 2000.3 No.228

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その4

人工オーロラの巻

長 友 信 人  

 話はスペースシャトルの開発が始まった1970年代の初めにさかのぼります。日本の人工衛星も上がったし,苦労した液体水素は事業団がやることになってまあ目出度し,私の次の仕事はあのスペースシャトルを作ることだと信じ込んでいましたが,それこそおめでたい話で,シャトルどころかスペースラブも作ることにはなりませんでした。そのような私を哀れんだ大林辰蔵先生がスペースシャトルに乗せて何回でも使用できる科学実験装置を作らないかと誘って下さいました。

 苦労もしましたが,幸運が重なって,大林先生の実験計画はスペースラブの最初の飛行で行われることになり,私はその装置を開発する日米合同チームのプロジェクトエンジニアになりました。プロジェクトエンジニアはアメリカでは立派な経歴ですが,日本では「へ,それがどうした」という程度で,それで俸給の等級が上がるわけでも何でもありません。それだけに気楽に大任を引き受けて,勉強も出来たとも言えます。

 この実験は知る人ぞ知る人工オーロラを作るシーパック(SEPAC)で,その実験装置の目玉は,7.5キロボルト,1.6アンペアの電子ビームを作る河島信樹先生の電子銃と一発キロジュールのプラズマを放射する栗木恭一先生のMPDアークジェットでした。どちらも世界で初めての難物で,日米チームのアメリカ側も「何かやれといえばやるよ」と遠慮がちで,全く心細かったのですが,ミッションマネジャーのエンジニア達は私の訥々と話す計画哲学や設計思想に良く耳を傾けてくれたので次第に自信が出てきました。

 アメリカ人同士でも言いたいことは表現を変えて3回は繰り返さなければならないようなやりとりの中,これをスピーディに出来ない私は日米チームのアメリカ側に大いに助けられました。しかし,最終的には文書にして仕事をするので,大事なことはもれなくコミュニケーション出来たと思います。最後はスペースラブの搭乗科学者の訓練計画まで作成して,参加した宇宙飛行士達が賛辞を書き連ねた評価表を見て大いに気を良くしたものです。

 スペースラブ1号の飛行は遅れに遅れて,ついに東大宇宙航空研究所は文部省宇宙科学研究所になり,世の中は宇宙ステーションが話題になってきました。1983年11月に打ち上げられたシーパックが軌道上の最初のチェックアウトを無事にパスした時,私はジョンソンの管制室から解放され,宇宙ステーションのワークショップが開かれるワシントンDCに移動して,ホテルのテレビでスペースラブの様子を見ておりました。画面が時々明るくなるのはMPDアークジェットで,「いいぞ」と思いつつも電子ビームが出てこないので「電子ビームはテレビには映りにくいのだ」と勝手に判断していました。まさかその時すでに電子銃の電源が故障していたことは知る由もなく,またそう言われても「あり得ない」と断言したことでしょう。

 シャトルが帰って電源の中にナットが1個見つかりました。これが宇宙で浮遊して悪さをしてフューズがとんだのです。皆は「フューズを代えれば良い」という程度でいましたが,日本では実験失敗と評価され,計画は事実上打ち切りでした。2度目の飛行は,アメリカが引き取ってバッテリーだけ新製しましたが,他の機器は改修せず,なんと製造後13年目1992年3月に,スペースシャトルATLASミッションで人工オーロラ実験を成功させました。残念ながら大林先生はその2か月前に亡くなっておられました。

 停年を控えた私が研究室を片づけていると,埃にまみれたシーパックの文書の山がありました。その古文書をひもとくほどに20世紀に栄えた宇宙文明の教典の趣があふれ,密林にマヤ文明を発見した感がありました。「すごいことをやったものだ」という思いが,ナット浮遊事件の見方も変えました。というのは,もしその文書に「完成品の取扱中に異物の混入を避けること」と一行書いてあったら,ナットは遠慮して入らなかったに違いないと思い始めたからです。「そこまでは書かないのが普通です」という言い訳もあるでしょうが,実は,私,そこまでは気が付かなかったのです。

(この項終わり)

 これで私の連載は終わりです。少々ずっこけた4つの話の底にある「一流のエンジニアになりたい」という私の永遠の願望を感じ取っていただければ,これに如く喜びはありません。

 最後にこの機会を与えて下さった編集の方々に厚くお礼申し上げます。

(ながと・もまこと)


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