No.227
2000.2

ISASニュース 1999.12 No.225

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第9回

太陽フレアの粒子加速を探る

坂 尾 太 郎

 太陽フレアは,コロナ中に蓄えられた磁気エネルギーが何らかの原因で一気に解放されて,プラズマ粒子の爆発的な加速と加熱を引き起こす現象です。磁化した宇宙プラズマの高エネルギー現象を示す近傍の実験室であると同時に,宇宙空間にまき散らされた粒子や電磁波によって,われわれの生活にも直接・間接にさまざまな影響を及ぼします。コロナ中の磁気プラズマがなぜ,そしてどのようにして粒子を加速するのでしょうか。これはまだ未解決の問題です。

 フレアで加速された粒子そのものは,地球近傍にまでやって来ないと観測することはできません。しかし加速された電子は磁力線に沿って伝播し,周囲のプラズマにぶつかることで10キロ電子ボルト(keV)以上の高いエネルギーをもつX線(硬X線)を放射します。そのため,硬X線によるフレアの撮像観測を行ない硬X線がコロナ中の磁力線のどの部分から放射されているか知ることで,加速された電子は磁力線をどのように伝播しているか,その加速はどこでどのように起こっているか,といった電子加速のメカニズムを探る手がかりを与えてくれるのです。

 1991年に打ち上げられたわが国2番目の太陽観測衛星「ようこう」に搭載された硬X線望遠鏡(HXT)は,フレアの硬X線像を,空間分解能約5秒角,時間分解能0.5秒という,かつてない高精度で取得できる望遠鏡です。前任者である「ひのとり」衛星では,空間分解能約10秒角・時間分解能10秒でした。しかし,フレアの硬X線強度の変化は秒の速さであり,硬X線を放射する磁力線のサイズは多くの場合20〜30秒角程度です。このため,フレアで進行している電子加速と硬X線放射の様子を十分にはとらえることができなかったのです。HXTは「ひのとり」で達成できなかった,硬X線源の高空間・時間分解能観測をめざしました。


「ようこう」搭載の硬X線望遠鏡(HXT)

 一般には,硬X線は物質に対して反射や屈折を起こさず,可視光のようにレンズや反射鏡では望遠鏡をつくれません(ただし,最近興味深い進展があります。本コラム第回の田原さんの記事をご参照ください)。そこでHXTでは,「フーリエ合成型すだれコリメータ」を使って,硬X線像を得ています。

 「すだれコリメータ」とは,2層の「すだれ」(硬X線を止める金属ワイヤーを等間隔に張ったもの)を通して硬X線を受けることで,硬X線像の1次元方向の空間フーリエ成分を得ることができる装置です。HXTはさまざまなワイヤーピッチと方位角を持つ2層のすだれコリメータを64個持っており,各々のコリメータの背後に置かれた検出器(NaI結晶と光電子増倍管)で硬X線光子をカウントし,2次元の硬X線像の空間フーリエ成分を取得します。こうして得られた異なるすだれコリメータを通した64個のデータの組を,地上のデータ処理によってフーリエ成分の合成を行ない時々刻々と変化する硬線像を再生します。このため,このコリメータ光学系を「フーリエ合成型」と呼んでいます。

 HXT100 keVまでの硬X線を観測しており,この硬X線を効率よく止めるため,すだれのワイヤー部は0.5 mm厚のタングステンで作られています。一方,5秒角の空間分解能を達成するため,一番細かいすだれにいたっては,ワイヤーのピッチは105μmしかありません(2層のすだれは1.4 mの距離をおいている)。このようなすだれを実現するために,一番粗いピッチのものを除いて,厚さ50μmのタングステンフォイル上にエッチングによってワイヤーパターンを作り,このフォイルを10枚ずつ慎重に重ねて,すだれを製作しました。

 「ようこう」の打ち上げ以来,HXTはさまざまな成果を生み出していますが,その紹介は別の機会に譲ります。来年にはアメリカで,すだれコリメータを用いた新しい硬線望遠鏡が打ち上げられる予定です。この望遠鏡は空間分解能が硬線域で2秒角で,γ線域での撮像もできるなどの特徴を持っており,フレアの粒子加速の研究に新しい進展をもたらすことが期待されます。

(さかお・たろう)



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