No.214
1999.1

所長の任期を終えるに当たって  
ISASニュース 1999.12 No.225

- Home page
- No.225 目次
- 所長の任期を終えるに当たって
- 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- 宇宙を探る
- 東奔西走
- 学びて時にこれを習う
- いも焼酎

- BackNumber


所長 西 田 篤 弘


 来年(2000年)1月半ばで所長の任期を終え,宇宙科学研究所を去ることになる。私の能力を越えた大任を与えられ任務を果たすことができるかどうか不安を抱きながら就任したのであったが,内外の協力を得てどうにか役目を果たすことができた。この事に対し,なによりもまず所員各位やお世話になった方々へ御礼を申し上げたい。日本の学術研究も宇宙開発も大きな転換期を迎えているこの時期に宇宙科学研究所を去るに当たって,当研究所の将来の課題について思うことを記してみたい。

 客観的に見て日本の宇宙科学が着実に前進していることは確かである。科学衛星打ち上げ用固体燃料ロケットの開発は東大時代からの大きな遺産であるが,その一層の努力が実を結んで1997年2月M-V初号機の打ち上げを実現することができた。続いて1998年7月にも打ち上げに成功しM-Vは標準機としての地位を確立した。M-Vによる科学衛星・探査機の打ち上げによって日本の宇宙科学の地平は大きく広がった。すなわち「はるか」は世界で初めて電波天文学における宇宙空間VLBI観測の道を拓き,「のぞみ」は惑星科学への本格的な取り組みである。一方,それ以前に打ち上げられた「あけぼの」,「ようこう」,「ジオテイル」,「あすか」などはそれぞれの分野で国際的に宇宙科学研究をリードする成果をあげている。

 このように宇宙科学研究所は固体燃料ロケットの開発,科学衛星・探査機の開発と宇宙理学研究において着実に成果をあげ,NASAESAと並んで最先端の宇宙科学研究の一翼を担っている。このことは1999年11月に開催したIACG,日-ESA会議,NASA-ISAS会議でも実感したところであった。しかし諸般の情勢を見るとき日本の宇宙科学の将来を単純にこの延長線上で考えることはできないと思わざるを得ない。それには内在的な理由と外的要因とがある。

 内在的な理由の第一は,観測計画が持つべき学術的水準がますます高まっていることである。日本の宇宙科学は世界の第一線にあるが,第一線における国際的な競争は熾烈である。その中で意義のある業績をあげ続けて行くためには,研究テーマの設定が鍵を握る。斬新なアイディアによって宇宙科学の新しい局面を切り開く観測を企画し,長期的なシナリオによって目的を達成させて行かねばならない。当然のことながらミッションは学術的意義に基づいて厳選されるべきである。

 研究目標の高度化は技術の高度化を求める。太陽系探査のためには衛星の小型化・軽量化と極限環境に耐える機器の開発をすすめる必要があり,探査機の自律化技術も開発が急がれる。天文観測のためには大型展開構造物の技術が重要であり,また複数衛星を用いる観測技術の開発も必要である。その重要性に比べ現在の技術開発体制はきわめて不十分であり,強力なてこ入れを必要としている。

 外的要因は国際情勢の変化である。チャレンジャー事故後の雌伏期間にNASAは新しい構想によって技術開発を進めてきたが,その努力がすでに実を結び,米国の経済力の強化と相まってNASAの力量と他機関の格差が再び広がってきた。これに伴い米国は宇宙科学においても自国中心の世界体制を志向しているように見える。日本の宇宙科学の主体性の確保は従来にも増して心すべき課題となっている。

 将来に向かって宇宙科学研究所が日本の宇宙科学の中枢研究機関としての役目を果たしてゆくためには,優れたシナリオを長期的視野のもとに策定し,研究計画を計画的に進展させることが重要である。そのようなシナリオ作りの重要性はもとより我が国に限られるものではなく,NASAESAではstrategic planningを強化している。今後宇宙科学研究所が国際協力を主導的に進めてゆくためにはこのplanningの段階で他機関との交流を日常的に行い,我が国の宇宙科学研究に資する国際協力が確実に行われるように情報交換と意見表明を積極的に進めて行く必要があろう。このような交流が効果を持つためには日本の宇宙科学者が描くシナリオの質が高く,説得力のあるものでなければならないことは勿論である。

- Home page
- No.225 目次
- 所長の任期を終えるに当たって
- 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- 宇宙を探る
- 東奔西走
- 学びて時にこれを習う
- いも焼酎

- BackNumber
 一方,国内の学術研究体制に目を移すと,行政改革の一環として政府機関の独立行政法人化が始められ,国立大学と大学共同利用機関もその対象としようとする動きがある。しかし既に制定された通則法による独立行政法人は大学や共同利用機関のように自ら企画を行う組織にはふさわしくない組織形態であると思わざるを得ない。このことに関しては9月に全職員に状況説明を行ったが,その後も共同利用機関所長懇談会が対応を協議しており,国立大学協会と足並みを揃えながら年度末に向かって結論を出すことになるものと思われる。

 大学・大学共同利用機関の制度改革における基本的な原則は,「学問の自由」の精神を踏まえ,学術の教育・研究の推進に資するものでなければならない,ということである。独立行政法人の問題点の一つは,中期計画と評価に関する規定である。大学・大学共同利用機関といえども計画的に運営され客観的な評価を受けるべきであることは当然であるが,学術研究の計画や評価はそれにふさわしいシステムによって行われなければならない。宇宙科学研究所の場合,研究計画の策定・評価および管理運営等は,すでに評議員会,運営協議員会,宇宙理学委員会など内外の研究者・有識者によって構成される組織によって行われており,評価についてはさらに国内のみならず国外の研究者をも含む第三者評価委員会で国際的な観点から実施されてきた。制度改革はこのような実績を踏まえ,それを生かすものでなければならない。

 行政改革に関わる今後の検討において,宇宙科学研究所は共同利用機関の一員として行動すると共に,宇宙科学研究の特徴に即した組織の構想を描いて行くことも重要である。大型で国際的規模の研究を行う宇宙科学研究所には独特の性格があり,国内外の宇宙開発機関との連携協力が緊密である。このような活動を円滑にし,発展させる方向での体制強化が望まれる。また,言うまでもなく,大学共同利用機関として大学の研究者との一体性は宇宙科学研究所運営の根幹をなすものであり,これを法的に位置付けることが必要である。

 科学衛星や探査機による宇宙や太陽系の研究は古来人類が抱いてきた謎を解きあかす知のフロンティアであり,21世紀の宇宙開発において宇宙科学の占める重要性は一層高まるであろう。しかし好むと好まざるとに関わらず宇宙科学は宇宙開発の一環としての位置を占めている。宇宙開発は政治・経済・外交を包含する巨大な国家的事業であり,もし宇宙科学者が積極的にリードしなければ宇宙科学の進路が他の要因によってゆがめられる恐れもないわけではない。宇宙科学の前途は明るいが,行政改革や国際情勢の変化を含むさまざまな状況のもとで広い視野を持ちながら,科学の論理を貫く姿勢が肝心だと思う。内外の状況を新たな発展の契機として生かし,宇宙科学研究所が21世紀に向かって大きく飛躍することを期待する。

(にしだ・あつひろ)


#
目次
#
研究紹介
#
Home page

ISASニュース No.225 (無断転載不可)