No.182
1996.5

ISASニュース 1996.5 No.182

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インド雑感

八 田 博 志  

 2月末の8日間インド各地を訪問する機会を得た。訪問目的は,日印の政府が調印した“複合材料の生産科学”に関する共同研究を推進するためのテーマ探索にあり,短期間内に,Delhi,Trivandram,Madras,Bombayの4都市の6つの研究組織(大学・国立研究所など)で打ち合わせを行った。ともかくきつい日程で,目的地の空港に夜到着するとインド側の代表が出迎えに来ていて,Dinnerの後,深夜宿合に到着,翌朝も早朝から迎えがあり打ち合わせと実験設備見学の連続であった。

 仕事の予定のない日曜日にも,DelhiからAgraへの小旅行が設定されており,有名なタージマハールを見学できたのは幸いであったが,朝6時に出発,夜の11時半に帰着というハードスケジュールには閉口した。長いバス旅行であったが,車窓からの眺めは極めて興味深いものであった。道端にはごみが散らかり,牛がうろついており(全ての牛に持ち主があり,夜は帰ってミルクを持ち主に供給するとのこと),燃料とする牛糞を丸くパイ状にして乾かしている光景が目に付いた。8億と聞いていたが,人の数が多く,かなりの田舎に行っても道路を歩く人や,道路端の駄菓子屋の店先で車座になってしゃべり込む人が目立った。その中に女性は少なく,夫婦で出歩く光景も殆ど見られない。男は遊び歩き,女性は家事に縛られ自由時間が殆どないのであろうか。

 郊外の集落は殆ど煉瓦を一列に積み重ねた上にトタン屋根を乗せただけという単純な住居に住み,人は概してやせ細っていた。日本のある作家が,「インドのように暑くては,日中仕事をする気は起こらない」と書いていたが,多くの人は最低限の労働で最低限の食料を得て生活しているようである。物は少ない反面,有リ余る自由時間を持ち,ストレスのないシンプルな生活を送っており,日本のように物質的に豊かでも,仕事に追いまくられ,せかせかしたストレスの多い生活と比較すると,インドの生活を一概に否定できないようにも思われた。確かにインドの町並みはきれいとは言いがたいが,現地の人が平気で飲んでいる水を摂取することができない我々は,特殊化した(衛生的)隔離環境にしか住むことができない変な生物になってしまったのではないかとの不安も感じさせられた。同行の先生の弁によれば,インドの住居環境は,2〜3年前に較べて経済の急成長のためか大分良くなっており,道端でテント生活する人やうろつく牛の数がずいぶん減ったとのことである。インドも西欧的な近代化への道を歩み始めたようであるが,西欧的な生活スタイル(工業化社会)がインドの人たちの生活感になじむかと言う点に関しては,疑問の様な気もした。

 先の本欄の中島先生のスリランカの手記にもあったが,インドで印象深かったのは,自動車運転のメチャクチャさかげんであった。車線は守らずちょっとしたすき間を見つければ突入し,対向車線の信じられないすきを見つけてはクラクションを鳴らしながら追い越しをかける。交差点はロータリー形式のものが多いが,ロータリーへの進入・脱出は先行した方がともかく優先でスリリングな自動車間のすれ違いが頻発し,我々は冷や汗と叫び声を挙げることの連続であった。現地の人は,「スピードが出ていないから大丈夫」とはいっていたが,短い滞在期間中に何度か自動車事故を目にしたことも事実である。外国を歩いて感じることであるが,自動車の運転マナーは,国民性と精神的余裕度をよく反映しているように思われる。筆者が歩いた中では香港やタイ等の東南アジアは運転が荒く,欧米は概して(ラテン民族は気性が荒いようであるが)穏やかであり,インドは荒い方の最上位に位置する様に思われた。ただし,インドでも南に進むに従い何故か生活が豊かになり(テント生活がなくなる),人も運転も穏やかになったように感じた。特に,最南端のTrivandramは,インド一教育熱心とのことで,人も素朴で親切であったことが印象的であった。

 研究関連のことに話を戻すと,大学や政府の研究所では,基礎研究にとらわれずに応用に力を入れ,産業界の開発研究に大きく寄与している様子が強くうかがわれた。大学・国立研究所ともに民間の開発研究を多く受注しており,Space Centerの様な組織も,衛星・ロケットを企業に頼らず自分の組織内で製造している。ただし,これはインドの産業分野の研究・開発体制が未成熟だからこそ,行っていることで,産業界が成熟した日本で同様な役割を官学がになうには,官学側の研究力の大幅な増強が必要であろう。インドの様な産官学の協調体制が必ずしも良いとは言えないが,少なくとも,現在の日本における産業界の官学の研究・開発に対する期待度・貢献度の低さの現状は改良して行く必要があるように思われた。

(はった・ひろし) 


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