No.182
1996.5

<コラム>   ISASニュース 1996.5 No.182

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春の珍事 −ある日の対外協力室


 春先の対外協力室には,風変わりな電話がよくかかってくる。空飛ぶ円盤を見たなんてのは序の口で,アインシュタインの一般相対性理論に間違いを発見したとか,宇宙科学研究所がさぼっているから自分がビッグバンの決定的証拠を見つけてやったとか,……。

 10年くらい前には,東京都下のある老人ホームのお年寄りから「地球は丸くないのに,なぜ現代科学では丸いことになっているのか」とお叱りを受けた。もともとは文部大臣あてになっていたのが,どういうわけかめぐりめぐって対外協力室に回ってきたのである。

 見ると生年が私の父と同じだった。だからこれは情に訴えるに限ると思い,「私の父と同じお歳でこれだけ知識欲の旺盛な方を初めて知りました」などと書いたが,2週間ほどしてそのまた返事が届いた。いわく「先日の私の手紙に返事を頂いたが,あれではまるで答えになっていない。私はボケ老人でも何でもないのだから,もっと真面目にやれ」という趣旨だった。恐れ入ると同時にファイトが湧いてきて,このご老人とは,それ以来5年にわたって2〜3カ月おきに「友情溢れる論戦」を交わす次第になった。しかし最後の1年間は,筆跡もニョロニョロしていて,その衰えを知って間もなくお亡くなりになった。生きていらっしゃれば,今年が生誕100年 - 宮沢賢治と同年だ。

 今年は桜も散るのが遅かったが,怪電話も来るのが遅くなった。しかしついに5月の声とともにやってきた。私くらいの怪電話のベテランになると,「もしもし」という相手の声の調子で,一瞬のうちに「きたきた」と判断できる。次の瞬間私が考えるのは,「長友先生に回そうか,平林先生に回そうか,はたまた国立天文台にゲタを預けようか」ということだ。今年の怪電話1号は「宇宙が膨張しているそうだが,真空がなぜ膨張するのか」といきなり来た。運悪く目の前に平林先生が坐っていたので,「ハイ」と受話器を渡すのも余りに露骨ではばかられ,つい「そのような質問は国立天文台が……」と言いかけたところ「おたくも国家機関でしょうが」と先回りをされてしまった。

 「やれやれ」と覚悟を決めたら15分粘られた。島根の人なので「テレフォンカードがなんとかかんとか」言って電話が切れたので,ホッとしていたら,まわりのみんなが,「テレフォンカードを買い直してまたかけてきますよ」という。ぎょっとして落ち着かないこと約20分。来ました来ました,再び島根から。そしてどうしたことだろう,相手はへべれけになっているのである。今度は「なぜ惑星が同じ方向に公転しているか」について議論をふっかけて来た。

 昼間っから酔っ払いの相手をするほど,こっちはそんなに暇じゃないんだ。おまけに1年も禁酒の身。ムッときて「あなた酔っていますね」と言ったら「すみません,正直言って酔っています。友達が来て一緒に呑んでるもんで」と来た。「せっかく友達が話に来ているんだから,丁寧に接待してあげなきゃ駄目ですよ」と言ったら,「あなた,いいこと言うね。参った参った」とのたもうて「今回はもういいから,またかけますよ」と言ったっきりプツンと切れてしまった。

 「このアル中ハイマー症め

 以来私は,島根からの電話が恐くて,再び戦々兢々の毎日なのである。

(的川泰宣) 


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