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「あかり」全天サーベイによるデブリ円盤の研究

藤原英明 東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻

 近年、太陽系外に多くの惑星が見つかってきています。惑星系の生い立ちを探ることは、現代天文学の中でも最もホットな分野の一つだといえるでしょう。現在考えられている惑星系形成の標準的なシナリオでは、生まれたての星の周囲にできる原始惑星系円盤の中で、もともと星間空間に存在していた小さな塵が集まることで微惑星に成長し、さらにその微惑星同士が衝突・合体することで地球のような岩石質の惑星がつくられると考えられています。また、より進化が進んだ星の周囲では、微惑星同士が衝突・合体する際に生成された大量の破片によって、塵の円盤が二次的につくられるとも考えられています。この円盤は、惑星の材料のデブリ(残骸)でできているため、「デブリ円盤」と呼ばれています。デブリ円盤は、まさに惑星形成の現場であると考えられるため、非常に興味深い研究対象です。
 デブリ円盤中の塵は、中心の星からの光を吸収し暖められることで赤外線を放射します。1980年代にIRAS衛星で初めてこの種の天体が発見されて以来、精力的に研究が進められてきました。これまでに、遠赤外線で光る低温の塵が存在するデブリ円盤がたくさん見つかってきました。一方で、中間赤外線で光るより暖かい塵は、どういうわけかあまり見つかっていません。暖かい塵は中心星により近い場所、惑星形成が進む領域に存在し、惑星形成過程とより密接な関係があると期待されるため、その素性を調べることは大変重要です。そこで私たちは、IRAS衛星よりも暗い天体まで見ることができる「あかり」の中間赤外線全天サーベイデータの中から、中間赤外線で明るく光る暖かい塵が存在するデブリ円盤を探す試みを進めています。

図10 HD106797の近赤外線から中間赤外線にかけてのスペクトル分布
中心星より明るく光っている中間赤外線の放射成分は、絶対温度約190Kの塵を考えればよく説明できる。また、12マイクロメートル付近をピークとする微細構造が見られ、これは結晶質のケイ酸塩鉱物に起因すると考えられる。

 HD106797は、「あかり」で新たに見つかったデブリ円盤の一つです。18マイクロメートルで中心星自身の明るさよりはるかに明るく光っていることが、「あかり」の全天サーベイによって明らかになりました(図10)。さらに、「あかり」での発見を受けて、私たちは南米チリにあるジェミニ南天文台を使い、より詳細な追観測も行いました(HD106797は南天にあるため、日本からもハワイにある「すばる」望遠鏡からも見ることができないのです!)。その結果、「あかり」で明らかになった18マイクロメートルに加えて、10〜13マイクロメートル付近でも、デブリ円盤に起因する赤外線放射があることが判明しました。10マイクロメートル帯と18マイクロメートル帯の放射強度比から塵の温度を見積もってみると、絶対温度で190K(マイナス83℃)程度。HD106797は、暖かい塵を持つ興味深い天体であることが分かりました。さらに、10マイクロメートル帯のスペクトルに注目してみると、12マイクロメートル付近をピークとする細かい凹凸(微細構造)があることが分かりました。この微細構造は、大きさが1マイクロメートル程度以下の結晶質のケイ酸塩鉱物が豊富に存在していることの証しであると、私たちは考えています。過去に見つかっている数例の暖かいデブリ円盤でも結晶質のケイ酸塩鉱物が存在する形跡が見られるという報告があることから、微惑星同士の衝突・合体による暖かいデブリ円盤の形成過程と結晶質のケイ酸塩鉱物の存在には、何か密接な関係があるのかもしれません。
 「あかり」の中間赤外線全天サーベイからは、暖かい塵が存在するデブリ円盤の候補がHD106797のほかにも複数見つかってきています。「あかり」での発見を軸に、デブリ円盤の素性とその背景にある惑星系形成過程の研究が、今後も大きく進むことでしょう。

(ふじわら・ひであき)