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X線マイクロカロリメータ X線天文学の未来を切り拓く分光技術の最前線

藤本龍一 金沢大学大学院 自然科学研究科

 X線マイクロカロリメータ(X-Ray Spectrometer:XRS)は、「X線微少熱量計」と呼ばれるセンサを用いたX線分光装置です。日米国際協力によって開発が進められました。その特長は分光能力、つまり「X線のエネルギー(波長)を見分ける能力」が非常に優れていることです。X線CCDカメラ(X-ray Imaging Spectrometer:XIS)のようなシリコン半導体を用いたセンサと比べて20倍以上、チャンドラ衛星やXMMニュートン衛星に搭載されている回折格子を利用した分光装置にも負けない分光性能を持っています※1。XRSで観測を行えば、従来は1本に見えていた輝線の細かな構造を分離することができ、X線天体の温度、密度、元素組成や運動の様子をこれまでとは質的に異なる精度で求めることが可能になります。それ故に、X線天文学の新時代を切り拓く観測装置として、世界中の天文学者から期待されていました。残念ながら不具合があって天体観測を行うことはできませんでしたが※2、人工衛星上でX線マイクロカロリメータの動作を世界で初めて実証し、今後につながる大きな成果が得られました。本記事では画期的な性能を持っていたXRSのセンサと冷却装置についてお話しします。

X線のエネルギーを温度上昇として測る――XRSの動作原理

 X線マイクロカロリメータでは、非常にユニークな方法でX線を検出しています。X線光子がセンサで吸収されると、吸収されたX線光子のエネルギーに応じて素子の温度が少しだけ上昇します。X線マイクロカロリメータではその温度上昇を正確に測定することで、入射したX線光子1個1個のエネルギーを求めているのです(図35左)。ただし、温度上昇はごくわずかなので、普通の方法では分かりません。そこで、センサの温度を極低温に冷やします。そうすることによって、温度変化が相対的に大きくなります。XRSの場合にはセンサの温度を絶対温度0.06度(K)にまで冷却します※3。もちろん、温度計も感度の高いものが必要です。
 実際のセンサは、シリコン基板を加工して製作します。XRSではセンサ部分をシリコンの細い梁で支える構造にしています(図35中)。それにより、X線光子を吸収した際にセンサ部分の温度だけが上昇し、やがて梁を通ってその熱が逃げることにより元の温度に戻ります。温度計は、センサ部のシリコンにリンとホウ素を不純物として打ち込んで製作します。打ち込み量を絶妙の値に設定することで、0.06K付近で感度の高い温度計を実現するのです。さらに、X線を吸収するための「X線吸収体」を接着剤で貼り付けます(図35右)。大きさ約0.6mm四方、厚み8μmのX線吸収体をすき間15μm間隔で貼り付けていくのは、まさに職人技です。

図35左: X線マイクロカロリメータ(XRS)の模式図。X線光子がX線吸収体で吸収された際の温度上昇を高感度温度計で計測しエネルギーを求める。吸収した光子のエネルギー(熱)はある時間がたつと熱浴に逃げていく。
中:XRSの1素子。シリコン基板を加工して、細長い梁でX線検出部を支える構造をつくっている。温度計部分には不純物が打ち込まれている。
右:XRSセンサ。XRSは6×6のアレイで、36個のX線吸収体がそれぞれの温度計に貼り付けられている。受光部分の1辺は3.8 mm。

センサを0.06Kに冷やす――XRSの冷却装置

 XRSではセンサを0.06Kにまで冷却するために、液体ヘリウムと断熱消磁冷凍機を使用しています。さらに、液体ヘリウムの寿命を延ばすために、固体ネオンと機械式冷凍機も採用しました(図36上)。
 ヘリウムはすべての元素の中で最も沸点が低い元素です。1気圧下では4.2Kで液化しますが、真空ポンプでヘリウムを引くことでさらに温度を下げることができます。宇宙空間は非常によい真空ポンプですから、これを利用することによって液体ヘリウムの温度は1.3K程度にまで冷却され、その状態で少しずつ蒸発していきます。断熱消磁冷凍機はこの温度からスタートして、さらに低温をつくり出します。超伝導磁石を使って磁性体に数テスラの強い磁場をかけて磁性体を磁化させ、次に外部との熱のやりとりを断った状態で磁場を弱めます。そうすると磁性体の磁化がなくなり、その際に熱を吸って磁性体の温度が下がります。大学の熱力学の教科書に出てくる断熱消磁冷却の原理が、そのまま宇宙用の極低温冷凍機として応用されているのです。
 液体ヘリウムは数Kの極低温を必要とする人工衛星(「すざく」や「あかり」など)で広く使われていますが、液体ヘリウムが徐々に蒸発してなくなってしまうとそこで低温が維持できなくなり、その装置を使った観測が終了してしまいます。したがって、液体ヘリウムの寿命を極力延ばすことが重要です。一つの方法は大量の液体ヘリウムを持っていくことで※4、もう一つの方法はヘリウムの蒸発量を減らしてヘリウムの量は少なくてもそれを長持ちさせる方法です。「すざく」ではヘリウム容器のまわりを固体ネオンで覆って保護し、さらにその外側を機械式冷凍機で冷却することで、わずか30リットル強の液体ヘリウムを3年以上持たせることを目指していました。
 ネオンは、1気圧下では27Kで液体に、24Kで固体になります。減圧すると凝固温度はさらに下がり、17K程度になります。したがって、ヘリウムのまわりに固体ネオンを配置することによって17Kの温度で保護することができ、ヘリウム容器に流れ込む熱量を抑えることが可能になるのです。XRSで使用した固体ネオンの容量は約120リットル、重量にすると約200kgです。ところで、固体ネオンをどうやって容器の中に入れたのでしょうか。そもそもヘリウム同様、ネオンも日本ではほとんど採れません。「すざく」で使用したネオンはすべて、液体の状態でアメリカから輸入したものです。ちょうど液体ヘリウムを転送するように、ネオン容器に液体ネオンを転送します(図36下)。次に、ネオン容器のまわりにある配管に液体ヘリウムを流し、それによってネオンの温度を徐々に下げて固化させます。この作業にはまる1週間かかりました。ネオンはとても高価で、しかも固化させるのに大変な手間と時間がかかるので、一度固化したネオンはそのまま封じ切り、打上げまでその状態を維持します。その間約10ヶ月。ほっておくとネオンは融けて容器からあふれてきますから、固体ネオンのまわりに液体ヘリウムを流して冷却するという作業を、打上げまで定期的に続けました。

図36 上:
XRS冷却装置の内部の様子。写真中央にセンサが入ったケースがあり、断熱消磁冷凍機と液体ヘリウム容器はその下にある(写真では見えない)。その周囲にあるビニールシートでカバーされているところが固体ネオン容器。
下:
液体ネオン転送の様子。写真左がXRS冷却装置で、右後方に見えるパイプがネオン転送管。手前は冷却用のヘリウム配管。

最後の大仕事、「冷たいヘリウム」の充填

 1気圧下で液体ヘリウムを転送し、真空ポンプで引くと、温度が下がると同時にヘリウムの量も減ってしまいます。そこで打上げ直前に、「トップオフ」呼ばれる、冷たいヘリウムの充填作業を行います。まずヘリウム容器を4.2Kの液体ヘリウムで満タンにし、容器を真空ポンプで引いて温度を下げます。この状態でヘリウムの量が半分くらい減ってしまいます。次に液体ヘリウムを供給する側の容器をやはり真空ポンプで引き、温度を下げます。そして冷たいヘリウムを転送するのです。この作業を何回か繰り返すことにより、ヘリウム容器を冷たいヘリウムで満たすことができます。この作業は打上げの前々日に、衛星がロケットの先端に載っている状態で行われました。文字通り、打上げ直前の最後の大仕事です。
 以上、XRSのセンサと冷却装置について見てきました。打上げ後、センサは無事に0.06Kまで冷却され、試験用の放射線源を使って、所期の性能を達成していることも確認できました。しかしながら観測開始には至らなかったことは、最初に述べた通りです。X線マイクロカロリメータによる観測は、次期X線天文衛星NeXTに持ち越されました。不具合発生原因も徹底的に究明され、XRSで得られたさまざまな教訓がNeXT衛星に反映されます。機械式冷凍機の進歩に伴い、NeXT衛星では固体ネオンが機械式冷凍機に置き換わり、液体ヘリウムは使用するもののその寿命は大幅に延びる予定です。次の機会にはぜひ、NeXT衛星による観測成果について報告させていただきたいと思います。

※1 回折格子はX線のエネルギーが低くなる(波長が長くなる)ほど有利になるのに対して、X線マイクロカロリメータはエネルギーが高くなる(波長が短くなる)ほど有利である。また、回折格子では観測対象が広がっている場合に性能が劣化するという欠点があるのに対して、X線マイクロカロリメータでは観測対象が広がっていても性能は変化しない。
※2 不具合原因については、JAXAプレスリリースに報告されている。
※3 Kは「ケルビン」と読み、絶対温度の単位。絶対温度(K)=セ氏温度(℃)プラス273。0Kが最も低い温度。
※4 例えば、1995年に打ち上げられたヨーロッパの赤外線天文衛星ISOでは、2000リットルもの液体ヘリウムが搭載された。

(ふじもと・りゅういち)