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見えない陽子の尻尾をつかむ クェーサーの多波長観測で探るジェットの組成

片岡 淳 東京工業大学大学院理工学研究科

 地球から数十億光年の彼方にありながら、銀河系の星々と同じくらい明るく輝く不思議な天体、それが「クェーサー」です。その明るさは太陽の実に100兆倍にも達し、数時間で明るさが大きく変動することから、大きさは太陽系程度に小さいことが示唆されます。強い放射圧で天体がばらばらに吹き飛ばないためには、これを支える強い重力が必要です。クェーサーの正体は、太陽質量の1億倍を超える巨大ブラックホールであると考えられています。近年、米国のコンプトンガンマ線天文台(CGRO)の観測で、100個近いクェーサーがガンマ線でも明るく輝いていることが分かりました。もちろん、ブラックホールは光をのみ込む存在ですから、光は外に出られません。明るく輝いているのは近傍から飛び出す「宇宙ジェット」で、その速度は実に光速の99%を超えます。しかしながら、ジェットがどこでどのように生成され、何を運ぶのかといった根本的な問題が未解決なのです。これまで「ぎんが」や「あすか」の活躍により、多くのクェーサーのX線放射が、ジェットで加速された高エネルギー電子(陽電子を含む)によることが明らかになりました。一方で、ここに潜んでいるはずの陽子や、大多数の低エネルギー電子については、何も情報が得られていません。
 見えない陽子の存在を暴くことはできるのでしょうか? クェーサーのX線・ガンマ線スペクトルは逆コンプトン散乱によるベキ関数で表されますが、ジェットと並進運動をする低エネルギー電子も降着円盤からの紫外光をたたき上げることができます(これを「バルク・コンプトン散乱」と呼ぶ)。後者は1キロ電子ボルト付近にピークを持つ黒体放射で近似され、逆コンプトン散乱とは明らかに異なるスペクトルとなります。さらに、バルク・コンプトン散乱は電子比率が多いほど強く、ジェットの組成に制限をつけられるはずです。

図19 「すざく」を中心とする同時観測キャンペーンで得られたクェーサー天体PKS 1510-089の多波長スペクトル
X線のスペクトルは1キロ電子ボルト以下に顕著な超過があり、バルク・コンプトン放射の有力な候補と考えられる。

 このような観点に立ち、我々は「すざく」の広帯域と1キロ電子ボルト以下の優れた感度に着目して、クェーサーPKS 1510-089の観測を行いました。ここで得られた多波長スペクトルを図19に示します。「すざく」のほかに紫外波長をカバーするスウィフト衛星のUVOT検出器、世界の電波・光学望遠鏡を総動員して、10桁にわたる完全な同時観測に成功しました。「すざく」のX線スペクトルを拡大すると、1キロ電子ボルト付近に盛り上がりが見られ、ベキ成分(逆コンプトン散乱)とは明らかに異なる激しい変動を示しています。これをバルク・コンプトン放射と考えた場合、電子・陽子の個数比は10対1と見積もることができました。つまりジェットの中には、数的には電子(陽電子)よりも少ないが、エネルギー的にはこれを凌駕する陽子が潜んでいることになります。

図20 クェーサー天体でのジェット形成予想図
降着円盤から吹き出したプラズマがカスケードを起こし、大量の電子・陽電子ペアをつくると考えられる。

 なぜ、電子が多いのでしょうか? 例えば、以下のようなシナリオが考えられます(図20)。まず、回転するブラックホール近傍で、強い磁場に巻き上げられて電子・陽子ジェットが吹き出します。膨大な磁場エネルギーはジェットの並進運動に転化し、数十億度の高温コロナを散乱して大量のガンマ線を生成します。ガンマ線とコロナの硬X線は対消滅を起こすため、もとの陽子よりたくさんの電子・陽電子が生まれます。このようなジェットの本質に迫る観測は、「すざく」が初めて切り拓いたもので、今後のさらなる発展が期待されます。

(かたおか・じゅん)