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はやぶさ特集:小惑星探査機「はやぶさ」の研究計画について
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私の所属するシステム研究系は,アストロダイナミクスという軌道運動や姿勢運動,自動制御理論を背景として,航法・誘導・制御工学を用いて,探査機や飛翔体の飛行解析や計画立案を担当する部門です。ふりかえってみれば,現在の私の研究動向を支配したきっかけは,大学時代の1975,76年に行われた,NASAの火星探査機Viking-1,2号の成果によるところ大です。以来,「自動制御」と,現在では一般用語になっていますが「軌道修正」を行うことの2語が自身の研究の方向を左右してきたといえます。以下では,これに関連するアストロダイナミクス研究面での「はやぶさ」実プロジェクトへのごく簡単な適用例を2つ取り上げてみたいと思います。

(図3)現在の「はやぶさ」の飛行計画図(太陽-地球固定系)

最初の例は,軌道最適化の応用です。「はやぶさ」の飛行計画でよく受ける質問に,どうして地球スウィングバイを使うのか,というのがあります。(図3)

「はやぶさ」の打上げはM-Vロケットの不具合から延期になり,探査対象とする小惑星の変更も余儀なくされました。しかし探査機自体は燃料タンクを含めて設計,製作済みであったことや,また,もともと打ち上げるM-V型ロケットの能力をいっぱいに引き出して計画されていたため,多くの代替対象小惑星への飛行には打上げロケットの能力不足ないしは探査機の重量超過となってしまいました。ただ幸いにイオンエンジン推進剤タンクにはわずかに余裕があり,イオンエンジンを使って,輸送能力の改善をはかる方策が残されていたわけです。イオンエンジンは,非常に高速でガスを排出してその反力で推力を得る推進機関で,非常に燃費の高いことが特徴です。反面推力は非常に小さく,短時間で大きな加速を必要とする打上げ段階には使用が困難です。しかし一旦惑星間に探査機を打ち出してしまうと,もはや「落っこちる」心配はなく,推力方向も1日に1度程度といった緩やかな操舵で十分な加速を行うことができることになります。「はやぶさ」で実際に地球から小惑星に出発する時期は2004年5月で,それまでの1年間にこの惑星間での加速を行わせることで,打上げ能力不足を補っているわけです。直感的には理解が難しいかもしれませんが,惑星間で加速する効率的な方法は,このイオンエンジンでの加速を地球スウィングバイと組み合わせることです。理想的には,惑星間にてイオンエンジンで加速した量の2倍の増速量を,スウィングoイを併用することで得られる計算です。「はやぶさ」の場合には,推力が小さいことなどにより,この効率は1.3倍とやや小さくなっていますが,これでも探査機重量に換算すると25〜30kg,探査機全体重量の5〜6%の化学燃料相当の節約をはかることができています。軌道運動は非線形ダイナミクスの最も簡単な例であって,打上げ時の速度に惑星間のイオエンエンジンでの増速量を加えた結果が,足し算ではなくて,おまけが追加されることになります。この方策は非常に効率的で,小型の打上げロケットの等価的な能力を飛躍的に増加させる秘策で,将来の高打上げエネルギーのミッション,外惑星や彗星など遭遇点が遠方である惑星探査にも幅広く応用可能だと考えています。

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