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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第211号

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ISASメールマガジン   第211号       【 発行日− 08.09.30 】
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★こんにちは、山本です。

 夏の間、家族連れの一般見学者が多かったのですが、最近は団体見学者を多く見かけます。保育園・幼稚園組から『○○老人クラブ』まで、広い年齢層の方がキャンパスを見学しています。対応している広報担当も説明が大変だろうな……

 今週は、宇宙科学共通基礎研究系の土居明広(どい・あきひろ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:天文学者の天体観測時間
☆02:「かぐや」月レーダサウンダー(LRS)の観測運用の停止について
☆03:今週のはやぶさ君
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★01:天文学者の天体観測時間

 宇宙科学研究本部(通称:宇宙研)には天文学者が少なからずいます。どの研究者も、自分の研究テーマを持っています。観測してデータを取得し分析することで宇宙の謎に挑むタイプの「観測天文学者」は、大きな割合を占めています。私もその一人です。
ところで皆さん。彼らは自分の研究のために、1週間のうち何日ぐらい天体観測をしているか、ご存知ですか?
皆さんの想像を私が想像すると、
「天文学者は天体観測が仕事なんだから、週4日は観測しているんだろう!」
とか、
「いやいや、所属する研究機関での仕事がいろいろあるから、意外と少ないのでは?」
などと思ってらっしゃるかもしれません。

 答えは、
「1年のうち数日、1日も観測できない年もある」
です。1週間に何日、ではないですよ。1年に何日か、です。(もちろん、個人差はありますよ。また、これは自分の研究テーマのための観測の話であって、たとえば天文台の職員である天文学者が他の天文学者の観測を支援する業務などは含みません。)

 少ないでしょう!
私は、宇宙研のほかに大学や天文台に所属した経験がありますが、どこに所属する研究者も、観測時間の事情はだいたい同じように感じました。宇宙研の研究者の場合、宇宙研に課せられた使命の1つである「望遠鏡衛星を計画・推進・運用する」という業務に、日々、従事しています。大学の研究者なら、授業や学校行事などに関する業務がありますよね。必ずしも天体観測に多くの時間を使っているわけではありません。天文学者という言葉の響き通りには、観測しているわけではないのです。

 しかし、研究者が意外と観測をしていない理由は、実は、他にあります。所属する機関の業務に時間を費やすからではありません。実際、宇宙研の研究者も、研究にしっかり時間をかけて、宇宙の謎に取り組んでいます。

 少しの間、研究者になったつもりで想像してみてください。
ある宇宙の謎を解き明かしたい、と考えているとしましょう。その謎はきっと、並みの望遠鏡の性能では調査ができなかったために、今も謎として残っていて、あなたの研究テーマになったのでしょう。たいていの場合、高性能の巨大望遠鏡を使用する必要があります。あなたは何としても、その巨大望遠鏡で観測しないといけません。

 必要な望遠鏡が、幸運にも、世の中に現存した場合は、それを借りて観測できる可能性があります。最新鋭の巨大望遠鏡の多くは、大きな研究所や天文台が運営していて、研究者に時間貸ししています。あなたは「観測提案書」を送付し、利用申請をすることができます。最新鋭の巨大望遠鏡には、世界中の天文学者から利用希望が殺到しますので、科学的な視点から厳しい審査がおこなわれ、利用者は絞り込まれます。申し込むことができる観測日数は数時間から数日以内(あまりに長いと審査で落とされます)。倍率から言うと、あなたの提案が採択される確率は10%から50%ぐらい。利用申請のチャンスは年に1回から数回。ですから、1年に1つの観測が採択され、数日の観測時間が得られれば、その年は上々といえます。つまり、1人の研究者が、自分の研究のために天体観測に充てられる時間は、1年のうち数日以下、ということになります。まったく観測時間を獲得できない年だってあります。

 もしあなたが、最新鋭の巨大望遠鏡を所有している研究所の職員だったら、状況はどうでしょう。前述のように、世界中の研究者に多くを時間貸ししているので、研究所の職員が利用できる時間は限定されています。研究所が組織的に進める観測プロジェクトにも時間が必要です。また、研究所には多くの研究者が所属しているので、内部でも激しい時間獲得競争が繰り広げられます。結局、あなたの研究に利用できる観測時間は、劇的に増えることはありません。

 もし、必要な望遠鏡が世の中に現存しない場合は、どうすればよいのでしょうか。造り出すしかありません。まさに、宇宙研がその役割を担っています。望遠鏡衛星を1つ打ち上げるのに、たいてい5年以上かかります。宇宙研の研究者にとっては、自分の研究テーマに適した望遠鏡が身近に存在しない期間が何年も続くこともあります。その間は、他の望遠鏡へ観測提案書を送付し、天文研究を続けます。衛星が打ち上がったとしても、前述のように、自分の研究のための望遠鏡時間を確保できるとは限りません。結局、宇宙研にいる研究者でも、自分の観測ができる期間は1年のうち数日程度なのです。

 観測天文学者なのに、それだけしか観測していないことを、意外に思われたかもしれません。確かに、私たち自身、研究の進展にはもっと多くの観測が必要だといつも考えています。しかし、研究活動は観測だけではありません。データ分析や検証、科学的解釈、他の研究者たちとの議論を経て、学会や論文で発表し、人類の共有財産として蓄積するまでの作業が残っています。これには、たいてい、何か月も時間をかけます。少ない観測時間で獲得したデータは、このように、大切に、そして徹底的に調べられるのです。

 2008年8月17日、私にとって久しぶりの観測の機会が訪れました。臼田宇宙空間観測所の64メートルアンテナ。これは本来、人工衛星との通信に使用されているものですが、電波望遠鏡としても活躍しています。私に与えられた8時間。滅多に訪れないこの機会に、私がどれだけ緊張し興奮したか、もう皆さんには想像していただけることでしょう。

(土居明広、どい・あきひろ)

http://www.isas.jaxa.jp/j/about/center/udsc/index.shtml

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※