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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第51号

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ISASメールマガジン   第051号       【 発行日− 05.08.23 】
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★ こんにちは、山本です。
 19日のペンシルロケットフェスティバルも無事終了しました。カウントダウンのページには、近日中に当日のレポートが掲載される予定です。お楽 しみにお待ちください。
(⇒ 新しいウィンドウが開きます http://www.isas.jaxa.jp/home/pencil50/)
 INDEX衛星の打上げが、明日(8月24日午前6時10分・日本時間)に迫っています。今週もまた話題満載のISASウェブページに注目してください。
(⇒ http://www.index.isas.jaxa.jp/)
 今週は、システム運用部の前山勝則(まえやま・かつのり)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:勝手に『そうだ、内之浦へ行こう』
☆02:「すざく」搭載観測機器で小マゼラン星雲の超新星残骸の撮影成功
☆03:「はやぶさ」小惑星イトカワの撮影に成功!
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★01:勝手に『そうだ、内之浦へ行こう』

 メールマガジン第37号の『そうだ、内之浦へ行こう』には感激しました。あれほど丁寧で詳細な内之浦への案内を読んだのは初めてです。峯杉さんの内之浦に対する思い入れが伝わる力作ですね。ガイドブックとして持参すれば、初めての人でも楽々と到着出来、また、充実した内容の実験場見学が可能です。

 その内之浦に、観測ロケットや科学衛星の打上げ実験で多くの人たちがしばしば滞在します。そういう滞在者の一人として、この町での出張生活のホンの一部を紹介してみたいと思います。『そうだ、内之浦へ行こう』に刺激されてキーボードに向かう訳ですから、単なる“内之浦モノ”の亜流になるかもしれません。峯杉さんの案内で到着した内之浦の町で、滞在中に出会った生き物たちの報告です。

 減量の目的で始めた早朝ウォーキングも8年目に入りました。内之浦に滞在中も毎朝続けています。手慣れた健康法です。1時間のウォーキング中、3分の2は田園の一本道、残り3分の1は街中を歩きます。とりあえず、街中で出会う生き物の話しから始めましょう。早朝の街中にはイタチやアオ ダイショウも出没しますが、まずは珍しい野鳥から。


<街中のヤマセミ>

 町の南西部と北西部から流れてくる小田川、広瀬川は、街中の内之浦橋を合流点として出合い、内之浦湾に流れ込みます。橋の袂がこの町の郵便局です。

 ウォーキングを始めた年の冬の朝、この内之浦橋を速足で渡っていると、橋の上流でドボンと水音がしました。レンガでも投げ込んだような音です。オヤっと目を向けると、水面に残る波紋を突き破り、水中から黒っぽい鳥が一羽飛び出してきました。堤防の立ち木に止まった鳥をよく見ると、鳩より一回り小柄な鳥です。ピチピチ動く小魚をくわえていて、やにわに足下の枝に打ち付けて息の根を止め、たちまち飲み込んでしまいました。白黒の鹿子まだらの出立ちに、頭には山賊風の冠。間違いなくヤマセミです!

 ずーと以前、ある人が「この河口辺りでは、カワセミも観察できるけどヤマセミも現れるんだよ」と教えてくれたことがありました。カワセミが居るのは何度も目撃していてよく知っていました。が、ヤマセミは山中に棲むはずです。まさか南国のこんな街中の河口付近にいるはずがない、と思い込んでいました。

 “渓流の麗人”カワセミに比べると、ヤマセミは確かに山賊の風情です。ただ、両者とも、水中に飛び込み生き餌をくわえて飛び上がってくる姿は、勇ましいとだけでは言い切れない、野生動物の生きる健気さを感じさせます。ウォーキング途中の予期せぬ大発見でした。その後、滞在中は毎朝、その勇姿に見惚れています。

 そうなると心配なのが実験時のロケットの騒音です。繊細な野生の生き物にとって打上げの轟音はライフル以上の凶器になるのじゃなかろうか。

 打上げ実験の翌朝は必ずこの場所でヤマセミの姿を探します。ご安心下さい。ヤマセミはいつも元気いっぱいダイビングし、巧みに小魚を捕らえ、朝飯の真っ最中です。


<早朝のレトリバー>

 田園のウォーキングコースできれいな橋を渡ります。上下一車線に、片側だけですが歩道もついている、25m程の立派なコンクリート橋です。町を見 下ろす丘陵叶岳(かのうだけ)に通じる叶橋です。ヤマセミと出会った広瀬川の河口から1kmほど上流です。

 冬の朝のウォーキング中、この橋の上で一匹の大きなレトリバーに行き合いました。日の出が遅くてまだ薄暗く、寒々とした時間です。犬は、ちょっと見にはこちらに興味をしめさず、一瞥もしません。霜で真っ白の車道の端っこを小走りですれ違っていきました。「こんな時間になぜ犬だけがうろついているのだろうか」。少しばかり不思議な気分でした。こんな田舎でも放し飼いは御法度のはずです。

 と、背後から、ちいさな鋭い足音が聞こえてきました。コンクリートに当たる爪の音です。犬が追いかけて来ているのです。子供の頃から近眼のせいか、聴覚だけは医者が驚くくらい優れています。それに加え、この辺りの静寂さと冬場の冷気とが、犬の密やかな爪音をこちらの鼓膜まで届けてくれるのです。犬としても、早朝のこんな場所を、たった一人で歩いている人間を不審に思ったのでしょう。おまけに見知らぬ他国者ですからね。

 急にイタズラをしたくなり、パッと立ち止まりました。間髪を入れず廻れ右をして方向転換をすると、案の定、5m程離れた歩道上では、アッと驚いた表情の犬が急停止するところでした。人間離れした聴覚に恐れをなしたレトリバーは、驚き顔を凍りつかせたまま、冷たい田園の道を走り去って行きました。


<ハグレ猿>

 レトリバーを驚かせてみた年の晩秋、この橋で一匹の野生猿に遭遇しました。いやはや、正直言って怖かったですね。

 いつものようにウォーキング中、この橋を渡り始めたら対岸の歩道に猿が姿を現したのです。そうして、こちらに気付いているはずなのにお構いなしに近づいてきます。豪毅なものです。四つ足でスタスタ歩いてきます。ふと、その頃読んでいた『山中で熊に出会ったら』という本の一節が頭に浮かびました。

 「山中で熊に出会ったら、逃げ出したり立ち止まったりして怯んではいけない。相手を無視して堂々とすれ違いなさい」

 そんなこと出来っこないよなあ〜、って考えたことを思い出しました。相手は猿ですが、熊と同じ野生です。特にハグレ猿は凶暴です。背中に冷たいものが流れ、ぞくぞくっと肌に反応します。度胸を決め、なるべく「平気だよ」っという態度を装いました。モチロン、表情も態度も、です。「もし飛びついてきたら、左右のストレートパンチをカウンター気味に喰らわせてやろう」と、心の準備も整えました。猿はどんどん接近してきます。「でも、引っ掻かれたら痛いんだろうなあ〜」っと、弱気の虫も動き始めます。

 突然、ハグレ猿は橋の手すりをすり抜けて、手すりの外側に身を移しました。猿は川面を真下に見ながら、猿でないと移動できない狭い場所を歩いて、人間とすれ違うことを選んだのです。猿は猿で、人間が近づいてくる緊張に耐えられなかったのですね。

 変な人間と平和裏にすれ違ったことが判ると、猿は、再度手すりを潜って歩道に姿を現し、一目散に遠ざかって行きました。ポシェットからデジカメを掴み出して追いかけましたが、さすがに猿の足は速く、写真を撮る距離まで迫れませんでした。ハグレ猿の理性的な解決策で、この朝は平和が戻ったのでした。


<墓場のダルメシアン>

 今年3月の滞在では、これまでにない苦労をしました。左肩が五十肩になってしまったのです。症状は詳しく述べませんが、要するに左肩の関節が炎症を起こし、その痛みで左手が自由に動かせなくなったのです。夜中も痛みで度々目を覚まし、ぐっすり眠れません。医者に原因を訊ねたら「単なる老化現象」の由。対処療法の一つに「温泉に行くこと」とありました。う〜ん、 湯治ですね。

 内之浦の国民宿舎「コスモピア」には広い湯船の温泉があります。泊り客以外の者もわずか300円で入れます。今風の設備を整えた温泉銭湯というところでしょうか。定宿の民宿から歩いて5分の近場です。老化現象に悩む人間にとっては、いや、助かりました。滞在中は毎日夕食後、せっせと温泉に通いました。それまでは特に温泉好きではなく、ノンビリ湯船に寝そべる趣味もありませんでしたが、あの時ばかりは温泉のありがたさをただただ享受しました。効き目も充分でした。もう歳なのかなあ〜。

 三日続きの梅雨のような雨になったある日、仕事は残業になり、温泉に出かけるのが9時30分になりました。いつも同行する友人も夜の雨に気後れし、結局、一人で温泉に行くことになりました。

 楽しみの温泉には近道を行きます。田舎の夜道は街灯が極端に少ないので、懐中電灯は常にポケットに準備しています。その夜は、この近道に向かうのをちょっと躊躇しました。この道はとてつもなく暗く、その上墓場の脇を通るのです。雨の闇夜を傘を頼りに墓場に向かうのは、あんまりいい気持ちがしません。とはいえ、還暦を過ぎたオッサンが、だから遠回りをした、というのもなんだかおもしろくありません。なんだかんだ考えた末、通い馴れた近道を選びました。そうです、臆病なんですね。

 いつもは墓場に近づくと、同行の友人と怖い話をし始めます。どうしてなんでしょうね、夜毎、トビキリの怪談噺を脚色したり創作したりしながら、この場所を通過するのです。お岩さん、お菊さん、ホラー映画、学校の怪談、座敷童、トイレの幽霊、吸血鬼、和洋、古今東西、老若男女、おかまいなしに出没します。一人の時のことを考えもっと控えておきゃよかったのにな〜・・・これじゃ子供の肝試しだ・・・。

 前方に墓石群のシルエットが見えてきた時、その暗闇で、なにか白いカタマリがフワリと揺れました。ギョッとして見つめると、その白いものは迷うことなくこちらに向かって動いてきます。怪談噺の主人公たちの顔が脳裏を駆け回ります。懐中電灯を取り出すヒマもなく白いカタマリは接近してきました。

 夜の闇から白い動物が姿を見せました。「ダルメシアンだ」と、思わず声が漏れてしまいました。真っ白の身体に黒の水玉模様が散らばっています。映画「百一匹ワンちゃん」が墓場に登場したのです。「どうしてこんな田舎の墓場に」と考えているうちに、ダルメシアンはこちらには目もくれず、思い詰めたような表情ですれ違っていきました。首輪もなく、ナイフで削って作ったようなシャープな体形が、雨の闇に吸い込まれてゆきました。

 真冬の朝まだきや雨夜の闇から思いがけなく湧き出してきたレッドレトリーバやダルメシアンは、正真正銘の血統書付きブランド犬です。が、どう見ても野良犬のようでした。この犬たちにしても、ヤマセミやハグレ猿などの野生たちにしても、いったいこの町のどんな所で暮らしているのでしょうね。 内之浦は、人と動物と野生が同居して交流する、ほんとうに懐の深い町であります。

(前山勝則、まえやま・かつのり)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※