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■マイクロクエーサー:銀河系最速のジェット
宇宙ジェットの中には非常に大きな速度を持つものがあり,見かけ上光速を超えて運動しているように見えることがあります。このような「超光速ジェット」は最初,銀河系外にあるクエーサーから見つかりました。ところが1990年代になり銀河系の中からも,GRS 1915+105,GRO J1655-40という超光速ジェットをもつ2つの天体が発見されました。ジェットの(見かけではない)本当の速度は光速の0.92倍にも達し,「銀河系最強のジェット」SS 433に対して「銀河系最速のジェット」と呼べるでしょう。これらの天体は,クエーサーと比べて7-8桁も小さい質量のブラックホールを含む連星系(『ブラックホールを区別する』参照)で,クエーサーの縮小版という意味で「マイクロクエーサー」と呼ばれます。どうやら宇宙ジェットという現象はブラックホールの質量に関係なく共通のメカニズムが働いているようです。クエーサーよりはるかに私たちの近くにあるマイクロクエーサーは,ジェットのメカニズムを詳しく探る格好の研究対象です。

図39:SIS装置で撮ったGRS 1915+105のX線スペクトル
「あすか」はこの2つのマイクロクエーサーから,興味深い特徴を発見しました。図39は,X線CCDカメラ(SIS)で見たGRS 1915+105のエネルギースペクトルです。7キロ電子ボルトあたりに,鋭いへこみ(吸収線)があることがわかります。これらは,視線方向に吸収体があり,天体から放射される様々な波長のX線(連続光)のうちある特定の波長だけが吸収されることによって生じます。観測された吸収線は電離した鉄原子によるものですが,その中心波長,幅,へこみの度合を調べることで,吸収体についての詳しい情報が得られます。その結果,毎秒1000kmにのぼる不規則な流れ(乱流)をもつ高温のプラズマが,降着円盤をとりまくように存在していることがわかりました(図40)。もしかしたら,マイクロクエーサーの非常に大きな降着流と関係あるのかもしれません。こうした吸収線から降着円盤の構造を探る方法は「あすか」によって初めて確立され,現在に受け継がれています。

図40:マイクロクエーサーの想像図
また私たちは,電波で同時に観測することにより,マイクロクエーサーからジェットが噴出する瞬間をとらえることに成功しました。X線でジェットの見えるSS 433と異なり,マイクロクエーサーから観測されるX線のほとんどは降着円盤から放射される成分です。しかし電波ではジェットを観測することができます。図41にGRS 1915+105のX線・電波の光度曲線(時間に対して強度をプロットしたもの)を示します。X線の強度はバタバタしており,中性子星をもつラピッドバースターと同様に,降着物質が溜っては落ちる「ししおどし」のメカニズムが働いているものと考えられます(『ラピッドバースター』参照)。ここで面白いのは,X線が急に明るくなると同時に,電波も明るくなりジェットが放出されたことを示しています。「ししおどし」に溜った物質がまとめてブラックホールに向かって落ちる瞬間に,ジェットが生成されるのかもしれません。
(山岡和貴,上田佳宏)

図41:GRS 1915+105の光度曲線。
X線(赤)と電波(青)で同時に取得したものです。
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