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■SS433:銀河系最強のジェット
SS 433は太陽系から1万5000光年ほど離れたX線天体で,もしX線が眼に見えたら図36のように見えるはずです。見かけの大きさは角度にして数度,実際の大きさは数百光年におよびます。明るい中心核からは両側に2億度の高温ガスが光速の4分の1の速度で噴射されています。両脇には噴射後1万年ほど経過した古いガスが星間物質と衝突して光っていて,これをジェットローブと呼びます。

図36:「あすか」GIS装置で撮ったSS 433のX線像
この宇宙ジェットエンジンの仕組み,つまりガスがどのような機構で加速・噴射されているのかは,実はよくわかっていませんが,その中心部は図37のような,恒星(伴星)とブラックホールの連星系だろうと考えられています。伴星の表面はブラックホールに引きむしられ,風呂の水が排水孔の周りに渦巻くようにブラックホールの周りに渦巻きながら落ちていきます。この渦を降着円盤といいます。降着円盤の内縁,ブラックホール近傍でなんらかの機構がガスの重力エネルギーを運動エネルギーに変換し,ガスの一部が外に吐き戻され,そうして高温・高速のジェットが形成されるのです。

図37:SS 433の中心部の想像図
この謎の天体SS 433を「あすか」で観測したところ,鉄やカルシウム,硫黄,珪素(シリコン)などの輝線がすべて2本に分裂して現れるという異常なX線スペクトルが得られました(図38)。ジェット中のこれら元素からの輝線が,光速の4分の1という速度のためにドップラー偏移し,こちら向きジェットからの輝線は青方偏移し,あちら向きジェットからの輝線は赤方偏移していたのです。この発見により,「ジェットのX線放射する部分は1000万キロメートルより短く,降着円盤に隠されていて,輝線のペアはX線では見えない」というそれまでの説はくつがえされました。

図38:「あすか」SIS装置で撮ったSS 433のX線スペクトル。
マグネシウム(Mg),珪素(Si),硫黄(S),アルゴン(Ar),カルシウム(Ca),鉄(Fe),ニッケル(Ni)の各元素のイオンについて,2本に分裂した輝線の対応を示してあります。
ジェットのX線放射する高温部分が長いということは,ガスの輻射効率が悪くてなかなか冷えないことを意味しています。輻射効率が悪いのにX線で明るく輝くということはガスが大量にあることを意味し,つまり射出質量が大きいことを示しています。「あすか」は生涯にわたってSS 433の観測をおこない,ジェットの温度,密度,射出質量などを決定しました。求められた運動エネルギーは太陽の放射エネルギーの数百万倍,射出質量は毎秒100兆トン,つまり月をまるごと1個,2日で噴射し尽くす勘定です。SS 433はおそらく私たちの銀河系でもっとも強力な天体でしょう。
(小谷太郎,河合誠之,並木雅章)
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