No.214
1999.1

新年を迎えて   ISASニュース 1999.1 No.214

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所長  西田篤弘


 1999年の元旦にあたり,新年の御挨拶を申し上げます。

 1998年7月M-Vロケットで打ち上げられた火星探査機「のぞみ」は最後の地球スウィングバイを12月20日に終え,火星へと向かっています。「のぞみ」による火星の超高層大気や表面構造の観測に大いに期待しましょう。

 さて文部省と科学技術庁の統合が決まり,わが国の学術・科学・技術が新しい体制のもとで推進される日が近づいてきました。体制の変化は今後の日本の学術研究の発展に大きな係わりを持つ可能性がありますので,今回はもっぱらこのことについての意見を書きたいと思います。われわれはこの再編成がわが国の宇宙科学の成長と発展に益するものであることを切に願っているからです。

 日本の学術・科学・技術に関する行政はこれまで学術と科学技術の二本立てで進められてきました。学術研究は大学と大学共同利用機関において教育と不可分のものとして推進され,産業振興のための技術開発を担う実用的研究は科学技術庁が担当してきました。この区分は便宜的なものではなく,研究という営為の持つ二つの目的を反映しています。すなわち自然を理解することそのものという目的と,自然に関して得た知識を生かして人間生活をより豊かにするという目的です。基礎的な学術研究から大きな応用技術が生まれた例は数多く,また個々の研究において両方の目的と意義を持つものは珍しくありませんが,そうであるからといって二つの目的を一つに絞ることはできません。ブラックホールの研究は宇宙の構造と進化の理解のために重要ですが,そのことから何らかの実用的意味が生まれるとは思えません。

 歴史の教えるところによれば,人類は何千年前という昔から自然の謎を追ってきました。自然現象を理解しようという営みの中から,宇宙,物質,生命をすべる基本的法則が姿を現し,次第に深められてきました。このような自然科学研究と共に,人間とその社会構造を理解しようとする人文社会科学も発展し,これらを合わせた学術研究は人類の文化・文明の重要な要素を成してきました。自然科学において長い間日本民族はエジプトやギリシャで始まりほかの民族が得た成果を吸収する側でしたが,20世紀後半になってわが国の学術は大きく成長し,多くの分野で最前線にあって人類文化の発展に寄与しています。

 宇宙科学研究所についていえば,1997年に完成したM-Vロケットの登場によって新しいエポックが始まりました。打上げ能力が格段に向上したため本格的な太陽系ミッションが可能になり,また大型の望遠鏡を宇宙空間に設置することもできるようになりました。すでに電波天文衛星「はるか」と火星探査機「のぞみ」が軌道上で見事な観測を行っており,これらに続いて打ち上げられる科学衛星や探査機も多彩なミッションを遂行しようとしています。太陽系科学においては,月の内部構造を探る LUNAR-A,小惑星で表面物質のサンプルを採取し地球に持ち帰る MUSES-C,月面の全球的探査を行う SELENE に加えて,太陽コロナの爆発現象の源を探る SOLAR-B が予定されています。また天体物理学においては,宇宙の X線源を精密に観測する ASTRO-E と, 赤外線観測によって星の誕生を探る ASTRO-F の開発が進められています。これらのミッションはいずれも世界の宇宙科学研究の最先端を行くものであり,日本の宇宙科学はアメリカやヨーロッパとしのぎを削りながら知の地平を拡大しようとしています。

 しかし日本の学術研究の歴史は浅く,社会に十分根付いているとは言い切れないのではないでしょうか。よく聞かれる「何に役立ちますか」という質問に象徴的に示されるように,多くの人にとって生活に役立つ研究だけが認知されているように思います。役に立つ研究の重要さはもとより当然のことで,研究投資の大半がそのために当てられることに異議はありませんが,日本の風土でようやく芽ばえた学術的研究がその陰に埋もれることのないように願いたいと思います。

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 学術研究は自然や人間の理解を目的とするものですから,その研究課題は研究そのものの中から生まれます。あるいは人間の好奇心に根ざしているといっても良いでしょう。そうだからといって何をやっても良いというのではなく,人類の知の体系に寄与することが必要です。自然や人間の謎に対する問いかけは人類に共通のものですから,研究者は国境を越えて連携協力し知識体系の発展を図っています。学術研究の成果はこういった国際的な活動に寄与するものでなければなりません。最先端の研究は未踏の嶺に挑むものですからリスクは避けがたく,地道で時には一見無駄な努力が積み重ねられた末に大きな進展があるという世界ではありますが,それを踏まえた上でやはり学術研究の成果は国際的な知識体系発展への寄与によって評価さるべきものでしょう。

 一方,実用的な研究や国策的な研究は産業や外交との関わりを持つ研究である為,大局的な目標や課題は外部から与えられ,しかも政治経済の情勢によって左右されうるものです。このような研究が国または実質的に国と同等の機関によって進められる場合には,産業の振興や外交的な貢献など政治的・行政的な意義が大きな重みを持ちます。学術研究が研究者からの bottom-up で進められるのに対して,実用・国策研究では top-down の性格が本質をなしています。個々の研究は学術と実用・国策のどちらか一方の性格だけを持つというよりは両面性を備える場合も多いでしょうが,学術研究の持つ本質的な自律性や国際性は十分に強調しておく必要があると思います。なぜなら,実用・国策研究と学術研究では,優先度の判断や評価の基準も違ってくるからです。

 日本の行政が新しい枠組みに移行する時にあたって,われわれは教育科学技術省がわが国の学術行政の伝統を継承発展させることを強く期待します。従来の文部省の学術行政が基本的に適切なものであったことは,日本の学術がいま世界の第一線で高く評価されていることによって実証されています。

 特に大学共同利用研究機関は世界に類の少ない優れた組織形態であり,学術研究を担う全国の大学の研究者が結集し大型のプロジェクト研究に成果を挙げてきました。宇宙科学研究所の場合,所外の大学の研究者はミッションの提案を行い,ミッションの実施に参加するだけでなく,ミッションの選定や評価を行う委員会にも所内の研究者と対等の立場で参加しています。

 一般的に見て共同研究そのものはさまざまな形態によって頻繁に行われていますが,それらと比べて共同利用機関が持っている特徴は,比較的安定した基盤の上に長期的なプロジェクトを推進できることや,研究プロジェクトを構成する様々な領域の専門家が長期的な協力体制を組めること,などにあります。

 宇宙科学の場合,衛星ミッション計画の立案が始められてからミッションの終了までに十余年を要することが珍しくなく,さらにミッションの高度化に伴って開始前における先行的な技術開発の重要性が強く認識されるようになっています。また,宇宙理学の諸分野の専門家とロケット工学・衛星工学の専門家が手を携えて,理学者が提起する課題を工学者が受け止める一方で工学者が開発した技術に基づいて理学者がミッションの構想を作るというように,有機的な協力によって最先端のミッションを遂行しています。

 一方,大学共同利用機関と大学との強いつながりは教育にも生かされ,宇宙科学研究所の教官が学生を直接指導する場合に加えて,大学の教官に師事する学生が指導教官に伴われて宇宙科学研究所の施設を用いて研究に従事しながら指導を受けるということが日常的に行われています。もともと大学共同利用機関は大学と不可分のものとして構想されたものであり,今ではこの組織形態はわが国の学術推進体制の中に深く根をおろしています。

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 学術研究は本質的に国際的であり,日本の科学衛星には外国の観測機器が多数搭載されています。宇宙科学の研究は雄大な自然を対象とするのですから,人類が国境を超えた協力によってこれに当たるのは当然といってよいでしょう。また,そういう協力により研究経費の節約になることも事実です。しかし,日本側に優れた能力があってこそ対等かそれ以上のパートナーとして共同研究を行うことができます。国際協力は美しい協調の世界ですが,同時に激しい競争と駆け引きの世界でもあります。こちら側に実力がなければ協力の名のもとに事実上資金をむしりとられるような事態さえあり得ます。有意義な国際協力を行うためには日本の宇宙科学が一流の力量を持ち続けることが必要条件です。

 アメリカの宇宙科学に目を移せば,チャレンジャーの事故以後約十年にわたって沈黙が続いていましたが,再び活力を取り戻し目覚ましい躍進を開始しています。雌伏十年の間に NASA は機動性と斬新な技術を整え,火星探査機マーズパスファインダーに象徴される小型で高性能の探査機を登場させました。今や意欲的なミッションが目白押しです。アメリカの強味は,何事においても世界一でなければならぬという自負心で,NASA の設置目的に「アメリカの宇宙科学と技術の優位性を確保すること」とうたうようなお国柄が,チャレンジャーの痛手を新しい目標への挑戦にたちどころに置き換えることを可能にしました。アメリカは世界一の優位性確保のために常に前へと進む国ですから,これと対等の地位を保つためには日本の宇宙科学も良く練られた戦略に基づいて前進することが必須であり,学術的意義と技術力に裏付けられた独自の計画を発展させて行かねばなりません。

 国会は3年前に,「わが国における科学技術* の水準の向上を図り,もってわが国の経済社会の発展と国民の福祉の向上に寄与するとともに世界の科学技術の進歩と人類社会の持続的な発展に寄与すること」を目的として,「科学技術基本法」を成立させました。このような高邁な理念に基づく法律が議員立法によって成立したことが世界の注目を集めたのは記憶に新しいところです。この法律の支援を背後にうけて,学術としての宇宙科学研究が世界の文化と人類社会への貢献として,教育科学技術省において強力に推進されることを期待しています。

*「科学技術」とは「科学に裏打ちされた技術」のことではなく「科学及び技術」の総体を意味する(科学技術基本法逐条解説)。

(にしだ・あつひろ)


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