No.214
1999.1

ISASニュース 1999.1 No.214

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第2回 ガリウム砒素遠赤外線検出器

村上 浩 

 今月は,11月号に引き続き天文観測用の赤外線センサーについてお話しましょう。今回は,最近宇宙科学研究所で開発を始めたばかりの,波長100ミクロンから300ミクロンの赤外線を検出するセンサーに話を絞ろうと思います。

 この波長帯全域をカバーする天文用赤外線センサーは,今のところボロメータと呼ばれる熱的な検出器が最も高感度です。もう少し波長が長くて1mmに近いところでは,電波の検出技術であるヘテロダイン検波と呼ばれる方法の開発も進んで来ています。私たちが作ろうとしているのは,入射した赤外線光子により半導体中に電子やホールを発生させ,電流として検出するタイプの検出器です。このタイプの検出器は,ボロメータよりも画素数の多い素子を作り易いとか,あまりスペクトル分解能を必要としない観測ではヘテロダイン検波よりも高感度,というような特徴があります。200ミクロン以下の波長帯については,ゲルマニウム半導体を使ったものがすでに開発されています。日本でも大変優れた検出器が作られていますので,このシリーズでもそのうち紹介されると思います。私たちはさらに長い波長でも働く検出器を作ろうとしているのです。

 11月号でもお話したように光子のエネルギーは波長が長くなるほど小さくなるので,半導体中で電子やホールを作りにくくなります。ガリウム砒素という半導体では,不純物がごく小さなエネルギーを与えられただけで電子を放出してくれます。これを利用して300ミクロン付近まで感度のあるセンサーを作ろうというわけです。

 ガリウム砒素半導体は,シリコンを使った素子よりもずっと早く動作するトランジスタを作れるのではないか,という期待から盛んに研究されました。こんなブームは去りましたが,現在でも超格子だとか,聞いただけですごそうな構造を半導体中に作りこむ,ハイテク研究材料として使われています。ですから赤外線センサーをつくるなんていとも簡単,かと思うと実はそうでもありません。赤外線センサーは非常に単純な構造で古い技術で作ることが出来るのですが,半導体結晶の純度だけは,他の素子に使われる結晶よりもずっと高いものが要求されます。最先端技術は必要ないので,専門の研究者にとっては研究対象にはなりません。また優れたセンサーが出来ても,天文学を含めたごく限られた用途しかないので商業的には引き合いません。そんなわけで,材料が簡単には手に入らないのです。結局,超高純度の半導体結晶を作るところから,私たち自身が取り組むことになってしまいました。結晶作りを始めてから1年半で,なんとか結晶を作って,センサーとしての性能を調べることができるようにはなりました。しかしその性能はまだまだ目標には至っていません。もう少しがんばらないといけないようです。

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 開発の最終目標は,10-18ワットくらいの入射エネルギーを検出できるような,しかもCCDのような画素数の多いセンサーです。こんなセンサーができるとどんな天体が観測できるのでしょうか。観測したい天体は沢山ありますが,ここでは一つだけ例を挙げましょう。図に示したのは,太陽から10光年くらいのところにあるエリダヌス座のイプシロン星を,波長800ミクロンで撮影したものです。ハワイのマウナケア山に英国が作った望遠鏡で,ボロメータを使ったカメラで撮影されました。真中の星印のところに星があるのですが,この波長では暗くて写っていません。かわりに,鉱物や氷の粒子が星の周りを取り囲んでいる様子が写っています。私たちの太陽系も,彗星の巣であるオールト雲やカイパーベルトと呼ばれる領域に囲まれていると言われています。図は,隣の惑星系のそんな場所を見ているのではないかと考えられています。こんな画像が,今よりもっと暗いものまで,ずっと簡単に取れるようにしたい,というのが私たちの開発の目標です。早く自分で写した写真を紹介できるようになるとよいのですが。

(むらかみ・ひろし)



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