No.281
2004.8

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2004.8 No.281 


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小型高機能科学衛星INDEXの開発 

宇宙情報・エネルギー工学研究系 齋 藤 宏 文  
福 田 盛 介  

INDEX衛星の軌道上イメージとインハウス開発風景

 宇宙科学研究本部(ISAS/JAXA)の科学衛星は,7〜12年以上の開発期間がかかり,衛星の価格も120億円,打上げコストは60億円程度かかる規模となってきています。加えて,近年の予算難から,従来のように1年1機の衛星打上げができない厳しい状況に陥っています。

 宇宙理学の立場からは,大型ミッションではカバーできない小規模の科学ミッションに対応する手段が欠如してしまい,健全な宇宙科学活動が維持できない危険性が指摘されています。ISASではこのような問題に対し,100〜500kg程度の小型衛星を比較的低価格で開発して打ち上げるという提案が出され始めています。

 一方,衛星技術の観点からは,10年単位の開発期間がかかる衛星計画では,技術革新のサイクルが長期化し,また高額な衛星の信頼性確保のために,新規衛星技術の採用に対して保守的にならざるを得なくなる弊害を内在しています。逆に,低価格化だけを狙った衛星でも,コスト重視のため,新規衛星技術の採用に消極的になってしまうという同様の危険性があります。

 このような厳しい状況への打開策として有効な方策は,新規衛星技術を積極的に取り入れた小型/中型衛星をタイムリーに開発し,打ち上げていくことであると考えられます。そのようなアプローチの一つとして,ピギーバック衛星INDEX(INnovative-technology Demonstration EXperiment)の開発が行われ,2004年7月の段階でFM(フライトモデル)試験を実施中です。INDEXが狙うのは,低コストの標準的なバス(衛星を運用するために必要な機器群)を開発することではなく,新規技術を積極的に取り入れた小型科学衛星の開発です。

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インハウスで開発する先進的小型衛星

 INDEX衛星計画は上で述べたように,先進的な衛星技術を軌道上で実証するという工学的な目的とともに,優れた小型宇宙理学観測を同時に行うという狙いを持っています。50〜70kg級の小型衛星を3年程度で開発し,低コストの打上げ手段として,(H-IIAロケットなどの)ピギーバック衛星として打ち上げるものです。ロケットの打上げ能力の余剰を活用し,主衛星と同時に打ち上げられる小型衛星をピギーバック衛星と呼びます。

 INDEX衛星の開発においては,以下の方針を設定しています。

(1) 限られたリソースの中で,科学観測のために最適化された衛星設計を行う。
(2) 衛星の設計や試験,搭載ソフトウェアやミッション機器の製作,地上局の整備などは,衛星メーカーに委託せず,インハウスで行う。
(3) 先進技術搭載機器は,我々が開発したものを特色ある衛星メーカーに発注する。
(4) その他の従来的な搭載コンポーネントは,ベンチャー企業や新規参入メーカーに発注し,宇宙独自の技術についてはINDEXチームが指導する。

 衛星の各サブシステムの開発担当をまとめた表1から,インハウス的な開発の体制がよく分かります。

表1 INDEX衛星の開発担当

 上の(3)で挙げた先進的な衛星機器の多くは,ISAS内で筆者らが中心となって進めてきたSTRAIGHT(STudy on the Reduction of Advanced Instrument weiGHT)プログラムで開発されたものです(表2)。

表2 INDEXに搭載される先進衛星機器

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 ISASでは,科学ミッションを行うグループと衛星技術開発を行うグループが密接な関係を持って活動しており,その中で将来衛星計画に必要な高性能な搭載機器を,衛星計画が本格化する以前に開発していく体制をとっています。これをSTRAIGHTプログラムと呼び,将来衛星計画の特徴からどのような性能の機器が必要とされるかを調査検討し,開発リスクが多少あるものでも時間をかけて開発してきました。その範囲は,光学姿勢センサ,プロセッサ,宇宙用デバイス,バッテリ,熱制御素子,ハニカムパネル,GPS受信機など,衛星サブシステムのほとんどすべてに及んでいます。

 このような将来を見据えた衛星技術開発の成果が,INDEXという小型ながら高性能な科学衛星の実現を支えています。逆に,STRAIGHTプログラムの側から見れば,新規開発した機器を大型科学衛星にいきなり実戦投入するリスクを軽減できるという点で,INDEXは好適なミッションであるといえます。


INDEXの衛星システム

 INDEX衛星では,オーロラの微細構造の撮像を行う理学ミッションの要求から,撮像に適する軸姿勢安定方式を採用しました。INDEXの包絡(ほうらく)領域は60 x 60 x 70cm,重量は約60kgです。この限られたリソースの中で,スタートラッカ(STT)やスピン/ノンスピン型太陽センサ(SSAS/NSAS),地磁気センサ(GAS),軸の光ファイバジャイロ(FOG)といった各種センサ,およびアクチュエータとしてリアクションホイール(RW)と磁気トルカ(MTQ)を搭載しています()。RWはミッション要求と搭載スペースを勘案して軸分のみを搭載し,バイアスモーメンタム方式の軸姿勢制御を行います。姿勢制御精度は0.5度,姿勢決定精度0.05度が目標です。

 ロケットから分離した直後の初期姿勢捕捉モードでは,約10時間以内に衛星にスピン角運動量を与え,かつ太陽電池パドルを太陽方向に向けるための制御を行う必要があります。分離擾乱を抑えるライブレーションダンプ制御,スピン角運動量を獲得するためのスピンアップ制御,太陽方向を捕捉するための太陽捕捉制御から成るこの初期姿勢捕捉の結果は,約半日後の第一可視運用で確認されます。打上げ後にいきなりやってくるINDEX衛星運用の最初のハイライトです。

 INDEXのバスシステムは,姿勢制御の演算をはじめとする衛星制御に関する大部分のタスクを単一の計算機がつかさどる,統合化制御方式となっています。通常の科学衛星では,例えば誘導制御用やデータハンドリング用などに専用の計算機が用意されるのに対して,INDEXの統合化制御装置ICU(Integrated Controller Unit)は,姿勢制御,コマンドハンドリング,テレメトリ作成,ハウスキーピング(HK)データの取得,電力管理,観測データ圧縮などをすべて行います。CPUにはゲーム機などでおなじみの民生品のRISCプロセッサ(SH-3)を用い,三重冗長の多数決論理により放射線に対する耐性を高めています。

 通信リンクはアップ/ダウンリンクともSバンドとし,測距機能を持たないノンコヒーレント通信システムをとっています。軌道決定は,北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)がWeb上で公開しているTwo Line Elementデータ,および搭載する車載用民生GPSによるデータを用いて行います。最近の携帯通信機器の発展においては,デジタル信号処理技術や新しい電子部品の実用化が目覚ましいですが,このような新規技術を衛星搭載通信機器に取り入れるために,Sバンド受信機(SRX)と送信機(STX)を新規に開発しました。また,地上局に関しては,ISAS相模原キャンパスの研究棟の屋上に,内之浦(USC)に設置されていた風レーダ駆動装置と3mパラボラアンテナ主鏡を移設しました(図1)。通常の衛星運用はこのアンテナを用いて,相模原キャンパスに整備しているINDEX専用の運用室から同様に行うことができます(PCベース)。

図1 相模原キャンパス屋上に設置された3mアンテナ

 そのほか,電源系では,太陽光を太陽パドルに集光する薄膜反射パネル(約1.2倍の発生電力増加)やマンガン酸リチウムイオン電池の搭載,熱制御系では,低温になると熱輻射率が小さくなる物質を用いた熱制御デバイス(可動部分のないサーマルルーバ)の軌道上での性能評価など,特徴的なシステムを構成しています。

 高機能な小型衛星の設計においては,必要な機器を限られたスペースにいかにうまく収納できるかが,第一の関門になります。INDEXでは,この機器配置にプロユースの3D-CADを導入し,機器干渉のチェックや質量特性の調整,光学センサの視野の確保などを効率的に進めました。また,小型衛星では,計装ケーブルの重量も衛星の質量特性に大きな影響を与えるため,その効果も取り入れて質量特性の調整を行っています。

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小型衛星で行う特色ある理学観測

 INDEXの理学観測ミッションは,ISASの理学委員会により公募選定されたオーロラの微細構造の観測ミッションです。多波長オーロラカメラ(MAC;Multi-spectral Auroral Camera),プラズマ粒子観測器(ESA/ISA;Electron/Ion energy Spectrum Analyzer),電流モニタ (CRM;CuRrent Monitor)が搭載され,理学データ処理装置(SHU;Science data Handling Unit)を合わせたミッション機器の総重量は約11kgです。同じ場所からオーロラ発光とプラズマ粒子の分布を観測し,従来困難であったそれらの間の微細構造の対応付けを試みるものです。このような理学観測の目的にかなうよう軸姿勢の安定性はもとより,観測中は粒子計測に影響を与える磁気トルカ(MTQ)の使用を禁止するなど,衛星姿勢制御を最適化しています。


打上げに向けて!

 INDEX衛星の開発の初期には,衛星メーカーを退職されたOBの方の支援を受けて衛星設計を行っていましたが,2003年ごろからは,ISAS主体で開発を進められる体制になっています。衛星の電気試験や環境試験もISAS内部で実施し,必要に応じて随時衛星開発の経験者に個別の技術的指摘を受けるような体制になっています。現在,来るべき打上げに向けて,チーム一同,日々気を引き締めてFM試験を行っているところです。衛星開発の過程で,陰に陽にご協力いただいたISAS内外の関係の方々にお礼申し上げます。今後ともよろしくお願い致します。

(さいとう・ひろぶみ,ふくだ・せいすけ) 


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