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No.250 |
<研究紹介> ISASニュース 2002.1 No.250 |
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金星探査計画 PLANET-C宇宙科学研究所 小 山 孝 一 郎1.はじめに
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![]() 図2 金星大気温度の高度分布。右側のスケールは対応する気圧を示す。 比較のため,地表面を1気圧に合わせて地球大気の温度分布も示した。 金星の高度45〜70kmには濃硫酸の雲が分布する。 第3の特徴は,強い東風の存在です。金星の自転は西向きで,周期は243日と大変長いのですが,その上の大気は全ての緯度で自転を追い越して流れています(図3)。速さは高度とともに増加して,雲頂のあたり(高度70km)では毎秒100メートルに達し,金星をたった4日間で一周します。地球や火星にも毎秒数十メートルの風が生じることがありますが,狭い緯度範囲に限られており,しかも自転速度よりずっと遅いので,気象学的には不思議ではありません。ところが金星の東風は,金星全体に広がっていて,自転速度の実に60倍に相当するので,簡単にできそうにありません。この風は「スーパーローテーション」(超回転)と呼ばれて,金星における最大の謎のひとつとされています。
![]() 図3 1974年にマリナー10号が紫外線で撮影した金星の連続画像。 上層の雲が東から西へと吹き流されている。 金星大気が4日間で一周していることは,1957年にフランスのアマチュア天文家Charles Boyerによって発見されました。彼はこの発見を有名な学術雑誌Icarusに投稿しましたが,論文を審査した若き日のCarl Saganは,金星の大気がそのような高速で回転することは理論的に有り得ない,観測が間違っているのだろう,と言って論文を却下しました。その後,1974年に米国のマリナー10号機が金星の近くから連続的に雲の写真を撮り,Boyerの発見が正しかったことが確認されたのです。
2.金星気象衛星の挑戦これまでスーパーローテーションを説明するために多くの研究がなされてきましたが,発見から40年経つ今もメカニズムは分かっておらず,金星の気象学は暗礁に乗り上げています。最大の理由は,金星では厚い雲と大気が光を遮るために,人工衛星からリモート・センシングの手法で(気象衛星「ひまわり」のように)気象現象を観察することができなかったことです。この難局を打開するのがPLANET-Cです。PLANET-Cは,雲の下の大気や地表面まで宇宙空間から透視できる赤外線(波長1.0,1.7,2.3μm)で低層の雲や微量大気成分の金星全体の分布を,金星周回軌道から連続的に高解像度カメラで撮影します(図4)。PLANET-Cは,このような赤外線で,雲に隠された金星の大気大循環をムービーとして手に取るように見てやろうというのです。
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![]() 図4 PLANET-Cの金星周回軌道。 大気の特定の半球を長時間にわたって 連続的に観察できるよう工夫されている。 また,このような赤外線に加えて,雲が発する遠赤外線,太陽紫外線の散乱光,高層大気の化学的発光現象などを撮影し,さらには探査機と地球を結ぶ電波を利用して大気を上下方向にスキャンします(電波オカルテ―ション)。このように異なるデータを総合して広い高度領域をカバーし,金星の大気運動の3次元構造を可視化する目論見です(図5)。また,惑星探査機としては世界で初めて,雷放電発光専用のセンサーを搭載します。金星における雷放電については,探査機や地上望遠鏡による観測の報告が少なからずありますが,いまだ確定的な証拠がなく,その有無をめぐって20年以上も論争が続いています。PLANET-Cは,雷放電の動かぬ証拠をつかんで長年の論争に終止符を打ち,雷を伴うような激しく局地的な大気運動を解明することを目指します。
![]() 図5 金星周回衛星からの気象観測の概念図。多くの波長で複数の高度の 現象を同時に可視化することによって,3次元的に観測領域をカバーする。 このような本格的な気象観測が地球以外の惑星で行われたことはありません。PLANET-Cは,金星の科学にとどまらず,大気科学の統一理論とも言うべき「惑星気象学」の研究に新時代を拓きます。 PLANET-Cは,雲を透視できる赤外線を使って活火山の探索も行います。レーダーを使った観測によれば金星の地表には様々な火山地形が存在しますが,現在の噴火活動を示唆するものは見つかっていません。地球以外で活火山が確認されているのは木星の衛星イオのみですが,金星にも活火山が存在することが分かれば,惑星の進化の研究が新しい段階に進むことが期待されます。
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3.大気流出現象の解明さらにPLANET-C計画では,金星の大気成分が徐々に宇宙空間に逃げ出す現象の観測も検討しています。現在の金星表面には地球の10万分の1の量の水しかありませんが,遠い昔には金星にも豊富な水が存在したかもしれないことが観測データから示唆されています。金星大気中に含まれる重水素と水素の同位体比は地球のものより100倍以上大きいのですが,この理由としては,重水素よりも軽い水素がより効率的に宇宙空間に逃げていって失われた可能性が考えられます。水から生じた水素分子(原子)が重力を振り切るエネルギーを得て,あるいは電離されてイオンとなった後にエネルギーを得て,宇宙空間に逃げ出していったのでしょう。水のもう一方の構成要素である酸素も何らかのプロセスで大気圏から逃げたと予想されますが,酸素原子は水素原子より16倍も重いため,そう簡単ではありません。金星がどのような道筋を経て地球と異なる現在の大気組成に至ったのかは,まだ大きな謎なのです。研究者の中には,地球には強い固有磁場があるため,太陽風が直接地球大気に当たることが防がれて,結果として大気が宇宙空間に流れ出す量が小さくなっている,と考える人もいます。強い磁場を持たない金星の場合は,太陽風と大気が直接ぶつかるため,この影響で大気の流出量が大きいかもしれません。金星大気が太陽風と接するところでどのような流出現象が引き起こされるのか,興味深いところです(図6)。PLANET-C計画では,イオン粒子計測器やプラズマ波動計測器,紫外線望遠鏡,磁場計測器を使って,大気成分がどのように,またどのくらい逃げていくのかを観測します。
![]() 図6 金星で起こっていると予想される, 大気が宇宙空間に流出する様々なプロセス。
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4.21世紀の金星探査PLANET-C衛星は,2007年の2月期に宇宙科学研究所のM-Vロケットで打ち上げられます。まず地球周回のフェージング軌道(惑星間軌道投入までの待ち時間調整フェーズ)に投入された衛星は,同年6月に地球を離脱して太陽の周りを回る軌道に入り,さらに1年後の2008年6月に地球をスウィングバイして金星に向かいます。金星到着は2009年9月で,その後2年以上にわたって観測を行います。近年,米国が中心となって火星の探査を積極的に進めており,日本でも火星探査機を送り出しました。しかしその一方で,私たちの地球の双子惑星とも呼ばれる金星を調べる重要性は一層強く認識されてきています。実際,新世紀の金星探査を国際的に協調して進めていく動きがあり,2001年の10月に宇宙科学研究所で開かれた金星研究に関する国際会議では,米国やヨーロッパから相補うような探査計画が次々と提案されています。その中身は,周回軌道からリモート・センシングを行うもの,大気圏に気球を浮かべるもの,着陸するものなど,実に様々です。PLANET-Cは,21世紀初頭の金星探査の大きな流れの一翼を担うと同時に,後続の金星ミッションを先導するものと世界的に期待されています。 なお,この原稿は私の名前で出させていただきましたが,惑星大気物理学部門の阿部・今村の協力を得たことを付記します。 (おやま・こういちろう) |
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