No.250
2002.1

ISASニュース 2002.1 No.250

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ミュンヘン冬の風景

篠 原 育  

 帽子が寒さから身を守る為の道具であるとは知らなかった。ミュンヘンの気温はむしろベルリンなどの北ドイツよりも低く,11月も後半になると日中でも0度を越えない日が珍しくはない。そんな日に街中を無防備に散歩すると身体が冷えるだけではなく頭痛がしてくる。頭が痛くなるほどの寒さは初めての体験だ。ドイツ人が帽子を被っているのは決しておしゃれの為だけではないと納得。

 寒さについては建物の中がとても快適なのでそれ程身に染みない。冬の訪れはむしろ暗さで実感した。9月末の有名なビール祭(オクトーバー・フェスト)が終わるころには木々の葉は黄色く染まり,短い秋が一瞬の輝きを見せる。日の長さはみるみる短くなり,太陽は空高くには昇らない。建物や街路樹は路面に長い影を落とし,風景は深い陰影の中に浮かぶ。西洋絵画には光と影の表現に印象深い作品が少なくないけれど,実際にヨーロッパで暮らしてみてその理由がなんとなく分ったような気がする。人々は太陽の光にとても敏感なのだ。

 寒さや暗さを一番辛く感じたのは11月末頃だっただろうか。しかし辛いのはそこまでで,クリスマスの4週間前の日曜日にアドベントが始まると人々はクリスマス・モードに入る。街のあちこちの広場にクリスマス市がたったり,クリスマスツリーやマンションのベランダに電飾が飾られたりして楽しく暖かい雰囲気になる。お店のショーウィンドウは思い思い精一杯に飾られて見るだけでも楽しい。クリスマスが楽しいお祭りになるのは宗教的な理由だけではなくて,長く厳しい冬を乗り越える為の生活の知恵という意味もあるのだろう。

 クリスマスに何かが足りないと思ったら,ドイツではサンタクロースが来ない。ドイツの伝統では12月6日(ニコラウスの日)にニコラウス(サンタクロースのモデルとなった聖人)がやって来てよい子にはプレゼントをあげ,悪い子にはお仕置きをするのだそうだ。24日にやってくるサンタクロースはヴァイナフツマンと呼んでニコラウスと区別するらしい。もっとも,クリスマスプレゼントは家族同士で交換するものだそうだが。

 賑やかなクリスマス準備期間とはうってかわって,クリスマス当日は街中がひっそりと静まり返って清々しい。クリスマスイブの深夜には街中の教会から美しい鐘の音が凍った夜空に染み透りイエスの誕生を祝う。人々は鐘の音を合図にクリスマスミサへと出かける。ドイツではクリスマスは家で家族と過ごすのが普通らしく,少し前までの日本のお正月のようだ。ドイツの休日は基本的にお店が閉まっていて買い物ができないのだが,クリスマスにはそれが徹底していた。祝日は25,26の両日。2000年は24日が日曜日だったこともあって完全な3連休だった。私たち夫婦はレストランぐらい開いているだろうと高をくくっていたので連休の最終日には食料が尽きてしまった。レストランを探して街中をさまよったがパンつ買えない。街の中心のマリーエン広場にでかけても見かけるのは観光客ばかり。結局,中央駅のスタンドで冷たいサンドイッチを食べながら発着する列車を眺めていた。

 クリスマスが終わっても新年までは休みの雰囲気が漂い,日本の「師走」のような慌しさは感じられない。クリスマスの静けさとは対照的に大晦日の晩にはそこら中で人々が大騒ぎをする。カウントダウンとともに街中でおびただしい数の花火が打ち上げられ,あまりの凄さに怖いぐらいだ。そのまま一晩中盛り上がっていたせいか元日の朝はとても静かだが,日に照らされた花火の残骸と硝煙の匂いが昨夜の狂騒を物語っていた。正午になるとミュンヘン最古のペーター教会の塔上から高らかに響くトランペットの音が新年の始まりを告げる。

 新年が始まると今度は日がどんどん長くなることが実感できる。寒さは相変わらず厳しくて雪の降る日も結構あるが,日増しに明るくなるとなんだか嬉しい。南ドイツではファッシングと呼ばれるカーニバルのシーズンも始まり,陽気なミュンヘン子達はお祭り騒ぎに事欠かない。復活祭の50日前の「薔薇色の月曜日」にファッシングは最高潮に達する。マリーエン広場には大勢の人が繰り出して大騒ぎをしていた。出し物があるわけでなく,まるで広場中が大きなディスコになったようなのが面白い。翌々日の「灰の水曜日」から復活祭までは四旬節。四旬節には食べ物や飲酒が制限されるのだが,ビールだけは例外らしい。3月になるとシュタルクビアというアルコール度の高いビールが販売される。このビール,元々は修道士達が栄養補給の為に作った物だそうだ。

 復活祭を迎えてもまだまだ寒い日が続くが,人々が名物のシュパーゲルに舌鼓を打つようになるとミュンヘンはようやく遅い春を迎える。

(しのはら・いく) 


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