No.247
2001.10

ISASニュース 2001.10 No.247

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第3回

微小重力下の一様な液体と斑な液体の狭間
            dash 臨界現象 dash の研究

北海道大学大学院理学研究科 伊 丹 俊 夫  

 臨界現象は非常に興味深く物性基礎および統計力学基礎として重要な現象である。さらに最近では超臨界流体の溶媒としての応用でも注目を集めている。液体Bi-Ga系合金は臨界現象を示し,臨界温度535K,臨界組成70at.%Gaに二液相と均一液相の間の臨界点をもつ。臨界温度より充分に高温側ではこの液体のどの部分を見ても同じ「一様な液体」となっている。臨界温度以下に冷却すると軽い液体と重い液体の上下二層に速やかに分離する。この分離直前の臨界温度直上の均一液相においても,ミクロに見ると,すでに揺らぎとして重い液体ドメインと軽い液体ドメインが発達した「斑(まだら)な液体」となっている。

図1 無重力実験および地上実験における比抵抗の温度係数の比較

 「斑な液体の成長,すなわち,臨界点への近接過程は重力の影響を強く受けている」,「液体や流体が関係する臨界点への真の近接は無対流の微小重力環境でのみ可能」,このような着眼点のもとで,1992年および1995年の二回に渉り宇宙科学研究所の小型ロケットS520-15号機(ERM-I)およびS520-19号機(ERM-II)の放物線飛行を利用し,液体Bi-Ga合金の微小重力下の二液相分離過程を電気抵抗をプローブとして追跡する機会を得た。この研究は北大,宇宙研および日産の共同研究プロジェクト「ERM」として行われた。図1は,均一液相側から臨界温度へ近づくにつれ電気抵抗の温度係数が増大すること,その増大傾向が微小重力下の方が地上実験と比較して大きいことを示している。電気抵抗の温度係数は揺らぎに非常に敏感な物理量である。この電気抵抗の温度係数の挙動は,図2に示すように臨界組成で地上と比較していっそう顕著な極大を示しており,臨界点近傍で揺らぎが最大となること,および宇宙が地上に比べて対流に阻害されずに臨界点へ近接可能な環境であることを示している。

図2 無重力実験および地上実験における比抵抗温度係数の組成依存性の比較

 海外の微小重力研究においても,ピストン効果が発見されている(Straub et al., 1995年)。臨界点近傍の流体の発散的に大きな圧縮率(熱膨張係数)のため,試料一端の加熱が急激な体積の膨張を引き起こす。これが疎密波として伝わる温度伝達機構を生み出している。この存在自体は理論的に予言されていた(Onuki, 1990)。臨界点近傍の熱容量は揺らぎの発達によりλ型となる発散異常を示す。この液体ヘリウムのλ転移が,より臨界点近傍まで対流に妨げられずに微小重力下で測定されており,理論が予言する温度依存性の傾向と同一の傾向が得られている(Lipa et al., 1994年)。このような基礎科学における宇宙環境利用について,欧米とくにアメリカは今後の系統的な研究展開を表明している。日本においても,基礎物理および物理化学の分野でのテーマの発掘と日本テーマを発足させる動きがすでに始まっている。これらの動向については「宇宙利用のサイエンス」(宇宙開発事業団 井口洋夫監修 裳華房 2000年)を参照されたい。臨界現象もこれらの動向の中で重要な課題である。撹乱のない理想的な宇宙環境を利用して,スケーリング則,普遍性などの重要基礎理論の検証,更には新現象の発見が期待される。

 国際宇宙基地による本格的な宇宙実験時代を迎える前段階のここ数年,日本では小型ロケット実験が途絶え,上砂川の落下塔の運営も2003年度以降は明瞭ではない。しかし,今回紹介した微小重力下の二液相分離の研究は小型ロケットの僅かな空間を利用して実施されている。臨界現象の研究については,その普遍性が存在すれば,非常に実験し易い対象を選択して本質を抽出することも可能である。大規模実験に加えて,多様な微小重力手段のほんの少しの空間をも提供する努力で,微小環境利用への興味の広がりと研究レベルの向上を計ることが重要である。

(いたみ・としお) 


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