No.241
2001.4


ISASニュース 2001.4 No.241 

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口径10m遠赤外線サブミリ波望遠鏡


 遠赤外線およびサブミリ波という波長領域は,赤外線と電波領域の中間に位置し,技術的にも光と電波の技術が融合する波長帯である。天文学にとっては,惑星・銀河あるいは宇宙が如何にして形成されたかを探るうえで重要な波長帯である。様々な天体が形成される時,その温度が絶対温度で3Kから300Kに対応し,遠赤外線サブミリ波で観測されるからである。宇宙誕生(ビッグバン)の光といわれる宇宙背景放射も,その誕生の際は約4000Kであったが,宇宙膨張のため現在は3Kの温度で観測される。宇宙背景放射の短波長側である遠赤外線サブミリ波領域では,ビッグバン以降に形成されるであろう未知の天体が観測できると期待される。

 宇宙科学研究所により2004年に打ち上げが予定される赤外線天文衛星(ASTRO-F)では,遠赤外線による全天サーベイが行なわれる。全天で1000万個以上の赤外線天体が観測され,多くの原始銀河候補が見つかるであろう。しかし,最も若い原始銀河は赤方偏移のためサブミリ波領域で観測されるため,ASTRO-Fによる検出が難しいと思われる。これらの天体を観測するには,大きな主鏡を備えた遠赤外線サブミリ波望遠鏡によるサーベイ観測が必要である。

 検出器感度が十分高い場合,観測限界を決めるのは天体分布の作る構造自体である。これをコンフュージョン限界という。近傍では銀河の塵放射がコンフュージョンを招くし,遠くでは赤外銀河の塵放射によりコンフュージョンが発生する。ASTRO-Fの場合,空間分解能が低いため,このコンフュージョンにより感度が制限される。遠方銀河の見かけの大きさは1―10秒角程度なので,これらの天体を検出するためにはこれと同程度以下の空間分解能が望ましい。遠赤外線サブミリ波領域では,口径10m以上の望遠鏡でこの分解能を達成することができる。このときのコンフュージョン限界は約1mJy(ミリジャンスキー)であり,赤方偏移以上にある原始銀河が観測可能となる。

 サブミリ波では地上観測も可能だが,大気雑音のため,コンフュージョン限界に達するには1観測点あたり数時間の積分時間が必要となる。従って,広い天域のサーベイ観測は困難である。一方,宇宙空間からの観測では,サブミリ波領域において2桁以上の感度向上が期待できる。このとき1点あたりの積分時間約1秒でコンフュージョン限界が達成される。サブミリ波で1000素子程度のアレイ検出器を用いることで,1年以内に全天の遠赤外線サブミリ波源のサーベイ観測を実現することが可能である。地上観測であれば1万年以上かかる勘定になるのだが。

 では,口径10mの遠赤外線サブミリ波望遠鏡がどのようにしたら実現できるか考えてみよう。直径10mの鏡はロケットの直径より大きいため,鏡を折りたたんで打ち上げ,宇宙空間で展開する必要がある。また,光学系の熱雑音をなくし高感度観測を実現するためには,主鏡を絶対温度10K以下に冷却する必要がある。結構,難しそうではある。

 大型構造物の展開は日本の宇宙技術が得意とするところである。宇宙科学研究所のスペースVLBI衛星「はるか」でも口径8mの電波アンテナが宇宙空間で展開されている。しかし,遠赤外線サブミリ波望遠鏡で必要とされている精度は非常に高いため(1ミクロン程度の精度が必要),新たな技術の開発が必須である。展開を用意にするために,なるべく大きな鏡で主鏡を構成するとよい。10m鏡の場合,つ以上に分割することでH-IIAロケットのフェアリングに搭載することが可能である。

 主鏡の冷却については,太陽−地球系の第ラグランジュ点に衛星を打ち上げ,放射冷却を最大限に利用することで実現が可能である。宇宙空間は3Kの放射で満たされており,太陽と地球からの熱放射がなければ,3Kの平衡温度近くまで放射冷却で冷えることになる。第ラグランジュ点では太陽と地球が同一方向にあるため,大きな衝立を何層か重ねて置くことにより,太陽および地球光を遮断することができる。計算では,1m2あたり約10kgの主鏡を用いた場合,軌道投入後約2週間で絶対温度10K以下の極低温まで冷えることとなる。


太陽-地球系の5つのラグランジュ点。

 遠赤外線サブミリ波衛星に搭載する検出器は,宇宙空間で実現する低放射環境を生かす高感度広視野検出器であることが必要である。サブミリ波領域ではこれまでボロメータと呼ばれる熱型検出器が用いられている。宇宙空間からの効率的な観測を実現するために,高感度化および多素子化を実現する技術開発が国内外で進められている。現在,検出技術の開発は熱検出型のボロメータに限らず,ガリウム砒素半導体,超伝導体,量子ホール効果,量子ドットなどを用いた様々な量子型検出器が開発されている。
遠赤外線サブミリ波衛星を実現する上で重要な開発課題をまとめると,

 1)大型軽量高精度鏡,
 2)主鏡の展開調整機構,
 3)極低温放射冷却,
 4)高感度多素子検出器アレイである。

いずれもチャレンジングな開発課題ではあるが,数年の開発研究により実現の見通しが得られると期待できる。

(松尾 宏(国立天文台)) 


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