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しかし,「のぞみ」のような惑星探査機では,可視時間は太陽と同じく約12時間になりますが,その部分は軌道の1/1000であり,1ヵ月でも軌道の1/16にすぎません。このように,軌道の一部分の1次元データ(視線方向の位置,速度)で全体の軌道を決定しなければならないわけです。しかし,幸いなことに地球は24時間で自転しているため,視線方向の速度が正弦波で変化します。7月1日現在の「のぞみ」では,探査機自体の視線方向の速度変化は,半日で約70m/sですが,自転の影響による速度の振幅は約360m/sとなり,後者のほうが大きくなっています。自転の影響の部分に着目すると,速度変化の大きい0m/sの時がちょうど探査機の方向に向いていることになります。これは,ドップラーデータが,視線方向と直角の方向(但し赤道面に平行)の角度のずれを示す事になります。また,速度の振幅は探査機の赤道面からの角度により変わります。現在地球から約2億6000万kmの距離にある「のぞみ」では,視線方向と直角の方向(但し赤道面に平行)に700km,または,赤道面垂直方向に2000kmの位置のずれがあると,視線速度を表すドップラーデータには,約1mm/sのずれを生じます。すなわち,ドップラーデータには,視線方向の1次元速度情報以外に,視線方向と直角の方向の2次元の角度(位置)情報が含まれていることになります。このデータと,視線方向の位置情報であるレンジデータと組み合わせた時系列データから,探査機の位置,速度が求められるわけです。このように,惑星探査機の軌道決定には,ドップラーデータが重要な役割を果たしていることがわかると思います。
軌道決定の精度は,データの質以外に,探査機に働く加速度のモデル誤差も影響します。惑星探査機においては,太陽輻射圧のモデル誤差が大きな要因となります。太陽輻射圧は,探査機の形状,表面の材質等に関連するため,正確に表すことが困難な加速度で,いかにモデル化するかが重要となります。小惑星サンプルリターン探査機MUSES-Cでは,イオンエンジンを推力として用いており,このモデル化も重要となります。
惑星の周回軌道投入のような大きな軌道制御では,数回に分けて制御を行います。制御間の短い期間でいかに軌道を精度良く決められるかが求められており,この課題に向かい軌道決定精度向上のための努力が続けられています。
(かとう・たかじ)
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