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No.233 |
<研究紹介> ISASニュース 2000.8 No.233 |
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高エネルギ−物質の研究開発の動向について宇宙科学研究所 堀 恵一1. はじめにまずは固体推進薬の説明をしておきましょう。宇宙科学研究所のロケットが使用する固体推進薬はコンポジット推進薬と呼ばれ,基本的には3成分からなっています。含有率の高いものから順に…酸化剤:空気のない宇宙空間でも燃料が燃えるために必要です。過塩素酸アンモニウム(Ammonium Perchlorate;以下,APと略記)が現用材料です。金属燃料:燃焼の際の大きな発熱が性能向上に寄与します。また,ややこしい話ですが,振動燃焼を抑制してくれますし,推進薬の密度を向上してくれます。アルミニウムが現用材料です。 ゴム:燃料としても働きますし,粒子状の上記2成分を被い包み結合剤としても働きます。自身の安定性が推進薬の老化特性に影響を与えますし,自身の機械的物性・固体粒子との相性が推進薬の機械的物性を決定するので重要です。もっぱら高分子(ポリマ−)材料が用いられ,現用材料は末端水酸基ポリブタジエン(Hydroxyl-terminated Polybutadiene;以下HTPBと略記)です。 コンポジット推進薬の簡単な絵を書いておきましょう(図1)。だいたいのところがお分かりいただけたでしょうか?
図1 コンポジット推進薬
それでは本題に入りましょう。固体推進薬の開発は,他のロケットの部品・部材同様,あるいは以上に保守的です。新材料が開発されても,既存材料にとってかわるまでには軽く10年,中にはゆうに20年以上かかるものもあります。事実,推進薬の現用材料はゴム成分に微小変更があったことを除けば,20年以上同じものを使用しています。もちろん,色々な工夫があって性能,燃焼特性,機械的物性は向上してきましたが,正直な話,性能面では限界にきているといってもいいでしょう。 もちろん,「推進薬屋さん」も手をこまねいていたわけではありません。新素材の開発に最大限の努力を傾注してきました。多くのものが出ては消え,次世代の材料候補として現在残っているのは酸化剤,ゴムで数種類に絞られました。その辺の事情について簡単に説明いたしましょう。
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2. 次世代材料2.1 酸化剤現在,候補として残っているのは,HNF (Hydrazinium Nitroformate),ADN (Ammonium Dinitrramide),CL-20 (HexanitrohexaazaIsowurtzitane)の3種です。と書いてもピンとこないでしょうから図2〜4に分子構造を示します。
図2 HNF
図3 ADN
図4 CL-20
一見してわかるように,すべて分子内にNO2基(ニトロ基)が複数個あります。「ニトロ」と聞けば何となく「ヤバイ」という感じを持たれるでしょう。そうです。「ニトロ」がこれらの材料の力の源です。CL-20では,さらに化学結合の歪みエネルギーが加わります。 また,もう1つ大切なことは,これらの酸化剤はすべて塩素原子を含んでいません。現用のAPは塩素原子を含んでおり,その排出ガスは無害ではありません。これまでは,ロケットの排出ガスの絶対量の少なさからそれほど問題にはされてきませんでした。例えば,全世界で消費される固体ロケットの排出ガスを足しあわせても,世界中の火山から排出される酸性ガス量に比べはるかに少ないなどという比較が持ちだされたりします。もちろん,だからといって放っておいていいという法はありません。今後,排ガスのクリ−ン化への圧力が高まれば,これら新材料への代替が加速されるでしょう。 これら新材料の性質を表1にまとめておきましょう。
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HNF,ADNは性能的にはほぼ同等ですが,CL-20は両者に比べ生成熱・密度で優り,酸素バランスで劣っています。もっとも実際に使うとなると,安全性,安定性,ゴムとの相性,価格なども重要な要素となってきますので性能面の優劣だけでは順位はつけられません。 現状ですが,これら酸化剤の研究開発は欧米が優位にたっています。特にHNFはオランダが先端を走り,既に年間200kgを越える生産が可能なパイロットプラントを作り,いわゆる「実験室規模」から一歩ぬけたところで各種試験を行っています。推進薬を作っての各種試験も精力的で,1回あたりの製作量は350gですが,製作上の安定度は十分に満足できるレベルにあり,実老化試験も1年を経過し問題はないそうです。燃焼特性・結晶形状で改善すべき点はありますが,もっとも実用化に近いのが,このHNFでしょう。今年6月にドイツで行われたシンポジウムでは,摩擦感度が「輸送に係わる」国連基準を満足するに至っていないとの報告がありました。彼等が既に,大量輸出を視野に入れているのは明らかです。 ADNはロシアが優位に立っています。基礎研究も盛んです。もっとも,まだ規模は小さく,少量の推進薬を作って燃焼特性を押え始めたところですから,他国との差は大きくはありません。日本も端緒についています。 CL-20はアメリカが先頭を走っています。ただし,この材料は安全性に難点があり,何とかその感度を落とすために製造・結晶化プロセスの最適化の研究が盛んに行われておますが,少なくとも満足できる結果が得られたという報告は現在のところありません。その関係か,応用の指向がロケット用推進薬から爆薬へと,重みがずれてきたような気がします。 我が国の現状は,HNF,ADNについては製造法を確立し実験室規模での少量の製造は可能です。また,推進薬化しての研究も開始しており,前進はしております。しかし,CL-20については,現状ではノウハウの蓄積はありません。
2.2 ゴムゴム材料の中でもっとも有望なのがGAP (Glycidyl Azide Polymer)です。図5に分子構造を示しますが,分子内にN3基(アジド基)を有するポリエ−テルです。これまでのゴム材料は,こと燃焼に関しては,酸化剤に「燃やしてもらう」だけの存在でしたが,GAPは違います。アジド基が分解して窒素分子(N2)を放出する際の発熱が大きく,燃焼に「積極的に」貢献します。事実,GAP単体で(酸化剤ぬきでも)ある程度圧力を上げてやると自己熱分解によりどんどん燃えていってしまうほどです。そのために,これまでのポリマ−と区別して「高エネルギ−ポリマ−」と呼ばれます。
図5 GAP
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酸化剤の開発では遅れ気味の日本ですが,GAPに関しては世界でもトップレベルにあります。既にパイロットプラントが稼働していますし品質も世界一といっていいでしょう。それに相応し,研究面でも日本は進んでいます。筆者も以前,GAPそのものの燃焼(自己熱分解)機構の研究を行い成果を発表しました。以下,かいつまんで,ご紹介しましょう。 GAPの燃焼過程の中で,最初の段階はアジド基からの窒素ガスの離脱で,その段階はGAPの表面に形成される溶融層内に強く限定されます。断面が正方形で細長いGAPのサンプルを立てて火をつけて,お線香のように燃やし,急速減圧によって消炎させたサンプルを横からと上から観察した顕微鏡写真を写真1と2に示します。
(左)消炎させたGAPのSEM写真(横) (右) 同(上)
これらの写真から,燃焼表面には溶融層が存在し,その中で激しい発泡があったことがわかります。これらのガスの成分は化学分析の結果,窒素ガスであることがわかりました。他の実験結果と合わせて得られた燃焼モデル図を図6,7に示します。
図6 GAPの燃焼モデル図
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温度は最初の温度(To)から,厚さ200〜300μmの予熱帯(Preheat Zone)中で急激に上昇し,表面に存在する溶融層(>Melt Phase650Kの表面温度(Ts)に達します。その後,気相ではゆるやかに上昇を続け,最終的には約1300Kになります(Tf)。 燃焼表面の辺りを拡大したのが図7です。
図7 GAPの燃焼モデル図(微細構造)
表面の溶融層中で窒素ガスの発泡が激しく起こり,発熱速度はその中でδ関数的な挙動を示します。この挙動をもとに漸近解析という手法を使って,この部分の化学反応の活性化エネルギ−を求めたところ,約150kJ/mol・Kという結果を得ました。 最近は,GAPの燃焼限界を拡げる(もっと低圧でも燃えるように)ためにAPを加える研究を開始しました。写真3は,GAPにAPを40%加えたサンプルを約0.5気圧の窒素中で燃やした時の写真です。減圧下にもかかわらず活発に燃えているのがわかります。
減圧窒素雰囲気下でのGAP/APの燃焼状況
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3. まとめながながと書いてきましたが,結局のところは,こういった新材料を使えば,どのぐらい性能があがるのかというのがみなさんが一番知りたいところだと思います。表2をごらん下さい。
現用の代表的な組成に比べ,GAP/HNF/Al,GAP/ADN/Alで約5.4%,GAP/CL-20/Alで約11.6%の上昇です。もちろん,この程度の上昇では,液体ロケットに及びませんし,ましてや空気のあるところでは次世代の夢のような輸送システムに対し比較の対象にすらなりません。 しかし,我々にとっては,今回ご紹介した高エネルギ−物質による代替が,本当の意味での「次世代」の,現実的な選択だと言えるでしょう。燃料を代えるだけでいいのですから。 (ほり・けいいち) |
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