No.216 |
<送る言葉> ISASニュース 1999.3 No.216 |
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今日では,その薫陶を受けた方々が卒業後,大学,研究所,会社等で広範に活躍されております。
当時の実験状況は,船曵さんがISASニュ−ス No.214のコラム,いも焼酎に「真空管と私」と題して,記しておられるごとく,パソコン全盛の現在とは大きく異なり,また機器や装置を外注に頼ることも非常に少なく,写真技術,製図,機械工作,電気配線,実験結果の作図と,なにごとによらず自ら手を汚さなければ物事が進まなく,実験技術に「ノウハウ」が必要な時代でした。
船曵さんはいずれに関しても,まさに職人芸でこれらをたやすくこなし,機械加工,配線はプロ並,最近ならプリンタ−出力になるでしょうが,手書きのロットリングによる文字入れ原稿は絶品で,印刷物のような仕上がりでした。
当時入所したての私は,年齢も院生と殆ど同じ年代で,全てにおいて手とり足とり反復して,その業を伝授してもらったものでした。それ以来,公私にわたり数々の有益な示唆,教示を頂き大変感謝しております。
その一方,多趣味な方で,若い頃は8mmカメラをよく扱っていた記憶があり,現在ではビデオカメラでしょうか,軟式テニスは当時から現在でも続けておられ,所内外で楽しまれております。オ−ディオに関しては一家言あり,私も船曳さんと同じく昔はラジオ少年でしたので,よく議論したことを思いだします。
送る言葉のはずが,ついつい往時の思い出話になりがちですので,これで送別の辞とします。
これからもご健康に留意されて,お元気でお過ごし下さい。船曵さん長い年月ご苦労さまでした。
(さとう・しゅんいち)
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