No.216
1999.3

<研究紹介>   ISASニュース 1999.3 No.216

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「50μ秒間覗く超軌道速度大気圏突入流れ」

東北大学流体科学研究所 衝撃波研究センター 佐宗章弘  



 日本の宇宙航行計画に対して「流体」の研究が実質的に必要とされてきたのは,これまで化学ロケットや電気推進など,推進機関の内部の流れが中心だった。ところが,MUSES-C計画において超軌道速度大気圏再突入をクリアしなければサンプルを地球に持ち帰れないという状況が発生し,日本でも「高エンタルピー流れ」(後述)実用研究の重要性に対する認識が飛躍的に高まった。MUSES-Cで現れるような流れを地上で模擬して,再突入カプセルへの輻射・対流熱伝達量を定量的に予測し,耐熱材の厚さを安全率1.3(!?)で設計可能にすることが,高エンタルピー流研究の目指す一つのハイライトである。

 一般に,飛行する物体周りの流れを地上で模擬する手段として最良の方法は,実物と同じ大きさ,形状の物を同じ速度で飛ばすことである。しかし,現技術レベルでは,ballistic range(高速飛行体発射装置)を用いて直径40cmのモデルを12.5km/sで飛ばすことは不可能と言ってよい。たとえ実寸法で飛ばすのを諦め,何らかの相似則を拠所に小さなモデルで実験することに甘んじたとしても,直径がmmオーダー以上のモデルを12.5km/sで飛ばすこと自体未踏技術である。次善策になるが,小型モデルを試験部に置いてそこに速い流れを作り出すことであれば,今の段階でも工夫すればかなりのことが出来る。しかし,それでも,このような超高速流れを作り出すことは大変なことである。

 上述した高エンタルピー流れとは,MUSES-Cの大気圏再突入に出てくるようなエネルギーのものすごく高い流れであると考えて良い。因みに,現在私が所属する研究部にもこの用語が使われている。例えば,上記速度の空気流れを完全に堰き止め,中の分子の状態が変化しないとしたら,温度が78,000度にもなってしまう。本当にこんな高温になったら,どんな材料であっても,とても再突入に耐えられない。しかし,現実の空気(地球の場合)はもう少しfriendlyで,分子が解離,電離を起こしたり,内部のエネルギー状態を変えることによって,ある程度エネルギーを内部で吸収してくれ,再突入カプセルへの熱伝達を和らげてくれる。それが,「どの程度」なのかを知ることが流体研究の課題であり,その結果から壁面材の耐熱試験条件を決めるデータが提供される。現存する技術を駆使すれば,これらの実験は努力次第で実現可能である。後者の耐熱試験には,宇宙研にあるようなアーク風洞が最適と考える。電気の消費量の制約は無視できないものの,原理的に長時間作動が可能で,壁面熱伝達量を与えればその「実時間」の試験ができる。また,ドイツのシュツッツガルト大学のように電気推進機の研究開発ノウハウをその目的のために直接/間接的に転用できる素地があることも,好材料である。



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図1 イクスパンションチューブ(東北大学)

 さて,問題の高速流れを作り出すために,我々は「イクスパンションチューブ」と呼ばれる装置を試作し,作動実験を行っている。この装置は,通常の衝撃波管の試験部に更に加速管を取り付け,衝撃波によっていったんエネルギーが高められた試験気体に対して,非定常流体力学の原理を利用して,その運動エネルギーを更に高めてやることができるものである。作動の原理は既に1950年代に公表されているが,過去において高エンタルピー風洞として実際に稼動されたのは,アメリカ(NASA Langley R.C.,後にGeneral Applied Science Laboratories Inc.に移管され現在に至る)とオーストラリア(クイーンズランド大学)の二例を知るのみである。この装置では,非定常加速によって試験気体の全エネルギーを高める際,運動エネルギーの上昇に伴って内部エネルギー(正確には静エンタルピー)は逆に低下し,試験気体の最高到達温度を低く抑えることができる。衝撃波層において気体の内部状態がどの程度変化するかを調べる実験であるので,上流の流れが出来るだけ実際の飛行環境に近いことが重要であり,この特長が本装置の存在意義そのものであるといっても過言ではない。現在,衝撃波研究センターでは,イクスパンションチューブの実応用に向けた基礎研究を行っている(図1)。また,クイーンズランド大学極超音速研究センターとの実質的な共同研究も進めている。管の中に10km/sの速さの流れを作り出すことができたとしても,実験室で作り出せる試験状態の気体の長さは0.5m程度であるから,試験時間は50μsとなる。日常の感覚からすると,この試験時間は非常に短く,これで何が分かるのか疑問に思われるかも知れない。しかし,実験の目的を上で述べたようなことがらに限定すれば,必要な時間はモデル周りに目的の流れが形成される時間程度となり,上記試験時間はその10倍以上になる。図2は,ホログラフィー干渉計法で可視化した鈍頭物体周りの衝撃波層の可視化写真である。この実験では,波長が異なる二つのレーザー光線を同時に用いて干渉縞写真を撮影し(図はその中の一つの波長に対応するもの),衝撃波層内の重粒子密度,電子密度の二次元分布を同時測定した。レーザーのパルス幅20nsの間に撮影されたものであり,試験時間全体の1/1,000オーダーの短時間だけ現象を垣間見たことになる。この可視化された画像を解析することによって,淀み線上で電子密度が4×1016cm-3にも達していることも分かった。これは,まだ取りかかりの実験結果の一例である。極く最近では,MUSES-C再突入カプセルの1/10モデルから水素を噴射し,衝撃波層との干渉を調べる実験も開始されており,近い将来にはアブレーションの模擬や能動冷却の可能性を探ることを計画している。また,電離気体に対する壁でのシースを考慮した境界条件についても,定量的な解明が必要となっている。



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図2 淀み点エンタルピー60MJ/kgの流れに置かれた円柱周りの衝撃波層の
    ホログラフィー干渉計写真。流れは,左から右に向かう。      
    実験はクイーンズランド大学で行われた。             

 色々な非理想因子を除去してこのオーダーの試験時間を確保すること,また分光測定,干渉計による光学計測,熱伝達測定などをこの短時間で精度よく行うことは,非常にchallengingな研究課題である。これは,MUSES-Cを契機に我々に与えられた絶好の機会であり,近い将来基礎研究の立場から実用ミッションを支援できればと願っている。

(さそう・あきひろ)



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