No.216
1999.3

ISASニュース 1999.3 No.216

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第3回 宇宙観測用「遠赤外線センサー」

芝井 広  

 暖房器具や健康器具で一般になじみ深い言葉になった「遠赤外線」だが,これが宇宙の遠方からやってくるものを検出するとなると大変である。何せ波長が0.1ミリメートルのオーダーと長い,つまり光子1個あたりのエネルギーが小さいので,1個1個の遠赤外線光子を個別の事象として捕らえることがX線や可視光より各段に難しい。他方,電波よりはずっと振動数が高い(数テラヘルツ)ので,高周波技術が簡単に応用できる範囲ではない。したがって光子を扱う技術と電波を扱う技術の両方ともがカバーできない,いわば技術上の未開発波長帯であった。おまけにどんな遠赤外線センサーも極低温に冷却しないと高い感度が得られないことも,開発ペースが遅かった原因であろう。

 このような状況で初期(1960年代)からずっと用いられてきたセンサーが,「ボロメータ(熱量計)」と呼ばれるものである。これは熱容量が既知の受光部に精密な温度計を取付けたもので,赤外線の光量変化を受光部の温度変化として計測する。原理が単純であり波長による感度特性の変化がないことから,標準センサーとして重宝である。しかも0.1K程度の極低温に冷却すると受光部熱容量が小さくなり,温度計の感度も向上するので,後で述べる量子型センサーに迫る高感度が得られる。たとえばSFU搭載赤外線望遠鏡IRTS(1995年)に搭載されたボロメーターは毎秒10-16ワットの遠赤外線が検出できた。量子型検出器のない波長200ミクロン以上の遠赤外線(サブミリ波)帯では今でも最高のセンサーである。実際,ハワイ・マウナケア山頂にあるサブミリ波望遠鏡JCMTではSCUBA(スキューバ)と呼ばれるボロメータ・アレイが赤外線銀河探査に威力を発揮している。

 波長200ミクロン以下の遠赤外線ではGe:Gaとよばれる半導体センサーの独壇場である。これは高純度ゲルマニウムにガリウムを少量(10-10)混入した単結晶である。この結晶を極低温に冷却すると不純物準位によってできるバンドギャップのエネルギーがちょうど遠赤外線光子のエネルギー(0.01電子ボルト)程度になるので,この遠赤外線光子による光導電効果を電流変化として取り出す。理想的には遠赤外線光子1個あたり電子1個分の信号が得られる。実際に使われるものもこれに近い性能レベルに到達しつつあり,理想的な量子型センサーといえる。通常のGe:Gaでは波長50ミクロンから120ミクロン,結晶に圧力をかけると(圧縮型)200ミクロンまで高い感度が得られる。このセンサーの感度はプリアンプの性能に依存するが,例えば前述のIRTSで用いられたものは10-17ワット以下の遠赤外線が検出できた。



圧縮型Ge:Gaの32素子アレイセンサーと内部構造

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 現在でも遠赤外線観測の一層の発展を目指して,地道な基礎開発が活発に展開されている。Ge:Ga高密度アレイ化(通信総研・宇宙研・名大),圧縮型Ge:Ga高密度アレイ化(東大,名大,宇宙研),GaAs(宇宙研),超電導ボロメーター(天文台野辺山)などであり,いずれも世界的に最先端にいるのではないだろうか。

 このような狭義のセンサーの開発に加えて,「高度に実用化する」ために解決すべき課題も多数ある。より高速の応答,より高い効率,軌道上での耐放射線性,コンパクト化,低消費電力(=低発熱)などである。なかでも重要なのが極低温環境化での信号読み出し回路である。名大・宇宙研グループではSi−MOSFETをベースに2Kで動作する高ゲインアンプの開発を,また通信総研ではGaAsトランジスタを用いた回路の基礎開発を行っており,夢にまで見た「ある程度複雑な極低温IC」が近い将来できるのではないかと期待される。

 以上,遠赤外線センサーにまつわる話題を駆け足で網羅した。このうちいくつかの話題については別の号で詳述される予定である。

(しばい・ひろし)



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