No.213
1998.12

ISASニュース 1998.12 No.213

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宇宙輸送のこれから(10) 

固体ロケットによる宇宙輸送について


徳留真一郎  

 ここでは,全段固体ロケットの宇宙輸送機のこれからについて,僭越ながら私見を述べさせていただきます。なぜ“全段固体ロケット”かというと,話を単純にしたいという意図とは別に,今後固体推進系が生き残っていくためには,その単純さ故の利点を特に強調しなければならないという思い込みがあるからです。

 特に“これから”を考える場合,言うまでもなく“低コスト化”と“低公害化”は避けて通れません。ここで“高性能化”という言葉を出すと,低コスト化に相対するような印象を与えます。しかしながら,適当な原材料の採用と設計上の工夫により達成される比推力性能の向上や機体構造重量の低減は,直接的に機体の小型化と充填推進薬量の低減につながりますから,オペレーションの簡素化とも相俟ってコスト低減に貢献できるはずです。

 重さによるオペレーションの煩雑さを考えると,大型固体ロケットで大量輸送というイメージは思い浮かびません。従って,低コスト化の観点からは,量産効果による大幅な低減は期待薄で,地道に各コンポーネントの低価格化(低廉な原材料の採用,民生部品の導入,製造・検査工程の簡素化など)と発射前準備作業の簡素化を図る必要があります。また,低公害化の観点からは,価格,性能,取扱い易さの3点で現在の推進薬を凌ぐものが出てくることはしばらく無さそうですから,排出ガス中の有害物質を減らす技術の確立が必要になります。さらに高性能化については,推進薬の性能は頭打ちになっていますが,モータ・ケース材や耐熱材,断熱材の改良による構造重量の低減,また高開口比伸展ノズルの改良や展開ノズルの採用による比推力性能の若干の向上は期待できます。

 仕組みが単純でコンパクト,そして即時発射が可能という固体ロケットの基本特性を上手く活かした使い方を考えると,将来の固体輸送系の姿は次のキーワードに集約できると思います。

 ・高信頼性
 ・迅速さ
 ・柔軟性

 少なくとも,ハードウエアとしての高い信頼性は実証済みであると確信しています。迅速さは,固体ロケットの持つ特徴を最大限生かすために前面に押し出さなければなりません。柔軟性とは,特別な地上支援設備が不要で場所や時期を選ばないという意味です。現在のところ,お手本となるのが米国 Orbital Sciences 社 Pegasus Taurus です。Pegasus は,航空機からの空中水平発射という固体ロケット以外では困難な発射方法を採ることにより,打上げ時期と方向を選ばない高い柔軟性を生み出しました。Taurus は,M-3SII M-Vの中間規模の衛星打ち上げロケットです。徹底した低コスト化と発射前準備作業の簡素化により,打ち上げ費用はM-V 1/3,特別な地上支援設備を必要とせず,射場への機体搬入から打ち上げまで1ヶ月で完了するというシステムです。これらは,全段固体の輸送機がその迅速さと柔軟性を売りにすれば,中・小規模の衛星を打上げる手段として生き残る可能性を示しています。

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 宇宙研では,22年前 ABUSOLUTE 計画で,近い将来十分達成可能な目標として,全段固体の打ち上げ機体の実現可能性を検討しています。当時の検討の結果,利用可能な技術と衛星需要を見込んではじき出されたスペックは,打ち上げ時総重量 106ton で高度 250km の円軌道に 2.1ton の衛星を投入可能というものでした。しかしながら,その 20年後に開発が完了したM-V型ロケットの性能は,総重量 139ton で同円軌道への衛星投入能力は 1.8ton となり,22年前の目標を下回っています。

 ABSOLUTE 計画当時の将来技術は,現在,ほとんど利用可能になっていますが,M-V開発中に完成された技術で十分に取り込めなかったものも少なくありません。そういう意味では,M-Vの開発はそれ自身のためというだけでなく,次世代固体打上げ機開発のための下地を作ったとも言えます。

 現時点で,これまでの経験と技術を基に,新たに目標を設定し直せば,推進薬性能と材料技術の向上に伴う軽量化およびオペレーションの簡素化は確実に見込めますから,ABSOLUTE 計画における上記スペックを凌駕する低コストでコンパクトな打ち上げシステムが開発可能なはずです。それは,もちろん高い信頼性,迅速さおよび柔軟性を併せ持つものとなるでしょう。

(とくどめ・しんいちろう)



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