No.213
1998.12

<研究紹介>   ISASニュース 1998.12 No.213

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軌道システムによる輸送の改善

東京大学大学院工学系研究科 曽根 悟  



◆はじめに

 筆者は最近までもっぱら地上の,しかも陸上の軌道輸送,さらに主として旅客輸送分野の研究を進めてきたので,宇宙輸送との比較などもあまり考えたことはなかった。しかし,陸上旅客輸送の分野だけでも,たとえば自動車と鉄道とでは,旅客輸送量あたりの乗客の死傷率に3桁以上の,消費エネルギーでも大都市では1桁以上の開きがあるように,意外に大きなパラメータのばらつきのあるものが社会的に併存が許されているおもしろい分野である。

 大学で電気工学を専門とする者の中で,交通システムの研究をしている人が少ないために,筆者のグループでは近年だけでも下記のようにさまざまな問題に取り組んでいる。

1. 高速・高頻度輸送のための列車ダイヤ
2. 列車ダイヤ異常時の運転整理手法
3. 無線使用列車制御システム
4. 電気車の純電気ブレーキ化
5. 新しい都市交通システム
6. 交通システムの評価手法
7. 交通システムの国際評価
8. 列車ダイヤの評価シミュレータ
9. 列車群への電力供給システムのシミュレータ
10. 列車群運行総合評価シミュレータ
11. 鉛直輸送システム
12. 公共交通利用個別支援システムIPASS

 これらの中から,これから急速に高齢化の進む我が国で特に必要性が高まりそうな,最初と最後に挙げたふたつのテーマを選んで紹介したい。



◆高速・高頻度輸送のための列車ダイヤ

 先進国中明白に最悪のレベルにある首都圏の通勤列車の混雑問題を緩和する手だての一つとして,与えられた線路の上に,より多くの列車をより速く流すための研究である。

 これまでの成果の中から,有効性の高い三つの手法を紹介してみたい。

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 通勤輸送に特化した地域分離型輸送ダイヤ:多くの通勤者が都心の端末駅やその近くの乗換駅まで行く性質を利用して,都心に集まる人数をほぼn等分する地域に分け,列車は各地域から1本ずつ用意する。都心に近い第1地域は各駅停車で運ぶとして,第2地域の列車は第1地域はノンストップでよく,第3地域の列車は第12地域はノンストップでよいから,平均すると停車回数を大幅に減らすことができる。これを図1のように合理的な順序に配列すると,列車を詰めて速く走らせることが可能になる。

 この方法によれば,平均速度が高まること,混雑度の列車ごとの差が小さくなること,郊外側で無駄に空いた列車を走らせることが減らせることなどのために保有車両数をあまり増やさずに大幅な増発が可能になる。

 都心側の列車頻度を高めることができるのは,従来のダイヤでは停車列車の後にまた停車列車が到着する場面や,停車駅の少ない列車が多い列車を追い越しながら速く走るために間隔を空ける必要があったのに対して,このダイヤでは通過列車が束になって走る部分で頻度が稼げるからである。

 都心部に端末がある路線では,束になって到着する列車を収容するだけの着線が無ければならないし,束になって到着する直前には束になって発車させることによって到着線を空にしておく必用がある。このためには地域数 n と同数の線か,その半分の線を持つのが望ましい。n=4 の場合と,n=6 で着発線数がの場合の例を図2に示す。

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 このパターンのダイヤには,総停車回数が少ないために,消費エネルギーも少なくなり,大増発しても変電所の増強が不要なことも挙げられる。

 一方,問題点としては,利用者の少ないルートでは何回かの乗換を強いられたり,所要時間が増加すること,増発に伴って開かずの踏切問題が一層深刻化する可能性があること,これまで利用者の少ない駅で,相対的に列車頻度が高かった駅では,駅での待ち客収容能力が不足する可能性があることなどがある。

 選択停車ダイヤの活用:停車駅の少ない列車が各駅停車を追い越しながら走る従来型のダイヤではどうしても高速列車に利用が集中しがちで,そのために高速列車の混雑が激しくなる。これを解消しつつ,高速列車をいっそう高速化できるのがこの手法である。従来の高速列車の代わりに,図3のように停車駅を分担した複数の高速列車群に置き換えるのである。

 また,この手法は地下鉄などの追い越し設備のない路線に応用して,利用客の比較的少ない駅停車を5本中3回などに制限することにより,図4のように列車群全体のスピードを高めることにも応用できる。

 はみ出し停車の活用:輸送力を高めるには,列車の収容力を高めるのがもっとも手っ取り早い。それには増結して列車長を長くすることや,車両を二階建てにして床面積を増すことが有効であるが,首都圏の通勤時のような異常な混雑の場面では二階建て車両は必ずしも有効とは限らない。それは,構造上扉の数が増せないからである。そこで増結することになるが,一部の駅ではプラットホームの延長が困難な場合が多い。これができるまで待つのではなく,積極的にはみ出し停車を利用することで,混雑緩和をしようとするものである(図5)。いわば選択停車ではなく,部分停車である。

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 ホームにかからない部分の扉を開けない制御を機械的に保証することは困難ではないし,停車しない車両に乗って困らないような案内も後述の方法で実現できるから,実用性の高い方法になる。



◆公共交通利用個別支援システムIPASS

IPASSとは Intelligent Passenger ASsistance System から名付けたもので Intelligent pass つまり万能なパスとしてこれさえ持っていれば運賃の支払いには手間がかからず,必要な案内が望みの形態で得られる近未来のシステムである。交通事業者側からは,運賃の取り逃がしが殆どなくなるだけでなく,各種の割引などを通じて利用促進を図ることができ,案内をする仕組みを利用して,詳細な需要の把握ができるために,列車ダイヤの設定などがより的確にできるようになる。

 それだけではなく,的確な案内が個別・リアルタイムにできることでこれまで採用を見送ってきた合理的ではあるが複雑で案内が困難と考えられてきたダイヤを実現したり,列車ダイヤが乱れたときにも的確な案内ができることを通じて,近年一部の鉄道で失われてしまった利用者からの信頼感を取り戻すこともできるようになる。

 IPASSができると,乗車前にその時点と地点に応じた最適な(これは個人の好み等により,最も安い,最も速い,着席できる,等さまざまであるがそれに対応した)経路を案内できるし,乗車駅や乗換前にもその都度必要な(必要でない人には何もしない)案内ができる。

 運賃の支払いに関しては,通常は全く手続きが不要で,IPASSとシステム側との情報交換により,利用経路や設備を特定し,それに応じて指定の口座から後日一括して引き落とすだけである。自宅で電気を使ったり電話を掛けたりするのにいちいち支払いの手続きをしないのと同じである。自分の金での旅行と,会社の金での出張のように財布を使い分ける場合など,特殊な取り扱いのみ事前に登録が必要となろう。



◆各種運賃徴収方式の比較

 現状の自動化した出改札システムは,案内機能が失われただけでなく,運賃を調べるなどの手間を利用者に掛けており,高齢者などにはきわめて不評でこれからの時代には対応できない。世界的には都市交通の分野では,運賃体系を簡単にして,回数券を自分でキャンセルする無改札方式が最も優れているが,日本の大都市には運賃制度などを大幅に変更しない限り応用しにくい。そこで,日本の現状にも対応し得るハイテク利用の無改札方式に勝ち得る唯一の方式として提案するのがこの方式なのである。



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◆IPASS機能の実現法

 ハードウェア的には,情報携帯端末としては簡単な表示・制御機能付きのICカード,携帯電話機などが考えられる。駅や車内の要所々々に配置したアンテナとの間で,電波等により10m程度の距離での交信を行い,システムでは利用者の追跡を行う。また,大きな駅・事業所などには登録のための装置や有人の案内所も置いて,最初の登録や登録内容の変更などにも対処する。

 案内は個人の固定的な登録情報(速いルートを希望,禁煙席希望,階段歩行を極力しないルートを,など)や可変の情報(その日の行き先等)をもとに,現実の列車ダイヤやその時の状態(次の列車の空席は1号車2号車のみ,等)と利用者の位置とから生成し、希望の形態(音声で,文字で,等)で伝える。ダイヤや列車の状態は今でも把握していることが多く,一般に利用されていないだけである。ダイヤが乱れた状態ですら,運行司令所などでは近未来のダイヤ予測はできていることが多いから,他線への振り替え輸送なども含めれば,利用者への迷惑は簡単に,桁違いに減らすことができる。この案内の実現のためのソフトウェアの開発にはかなりのマンパワーを要するが,交通事業者の乗務員などには拘束時間ではあっても待ちの時間が長いから,その気になればこの時間は生み出すことができる。

需要分析は,希望条件や詳細な利用実績から,比較的容易に従来とは比較にならない精度で把握できよう。

 もちろん良いことだけではない。

 利用者のプライバシー保護をどうして保証するか,比較的長い時間がかかると考えられる全ての場所と利用者にこのシステムが行き渡るまでの過渡期をどのようにするか,など未解決の問題も多く残っている。 

 地上の輸送問題の一側面だけの紹介になったが,まだまだ情報システム工学的には改善の余地が大きいことを御理解いただけたなら,この小文の目的は果たせたと考えている。

(そね・さとる)



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