No.204 |
<研究紹介> ISASニュース 1998.3 No.204 |
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ゾウリムシは,体表全面に生えている繊毛を揺り動かし,らせん軌跡を描きながら淡水中を泳ぎ回って生活している(図1,図2)。その細胞体の平均比重は淡水より大きいので,実験的に繊毛を取り除いたり繊毛運動を停止させると,普通の遊泳速度の数分の1程度の速さで沈んでいく。ところが,ゾウリムシは泳いでいると,重力の作用をキャンセルすることができ,沈まずにいられる。図3に示す写真記録は,このことを印象的に示している。この写真は,ゾウリムシの垂直面内での遊泳と繊毛運動停止による沈下を示している。遊泳の記録時間は,全体で沈下の記録時間のほぼ倍であることを考えると,円を描く遊泳軌跡の中心は多少のドリフト,特にこの場合は右へのドリフトを伴うものの,全然沈下はしていないといえる。このように重力と浮力の差に基ずく沈下効果を遊泳中のゾウリムシがキャンセルしているのは,遊泳速度を垂直面内での遊泳方向によらず一定に保っていることによる(図4)。すなわち,重力に逆らって上に向かって泳ぐときには繊毛運動による推進速度を増加させ,下に向かって泳ぐときには推進速度を減少させていることによる。
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ゾウリムシは,前に述べたようにらせん軌跡を描いて泳いでいる。従って,図3の円軌跡はらせん軌跡をらせんの軸方向から見たものに相当する。というより,らせん遊泳の後に垂直に立てられた容器の側壁に到達してそのままその位置で円を描いて泳いでいるものと思われる。従って,壁の近傍での流体力学的抵抗の増加によって,沈下効果がキャンセルされているのであって,ゾウリムシが重力の作用をキャンセルするように推進速度を調節しているわけではないという反論があり得る。しかし,この状況下での遊泳速度は,らせんを描いて泳ぐゾウリムシの平均遊泳速度に比べ,せいぜい20%程度しか遅くなっていないことから考えると,流体力学的壁効果が沈下速度にだけこれ程までに選択的に効くとは信じがたい。
とはいっても,壁効果に基づく反論はあり得るので,壁から隔たったところをらせん軌跡を描きながら泳いでいるゾウリムシについて,遊泳方向と速度の関係を調べてみた(図5)。また,山下雅道教授と黒谷明美助教授の協力を得て,宇宙科学研究所宇宙基地利用実験センターの低速遠心機を利用して,1-5gの過重力下でのゾウリムシの遊泳速度の重力方向に対する依存性を調べた。その結果,ゾウリムシは重力の方向と大きさに依存して,その推進速度を増減させることが明らかとなった。その程度は,垂直方向上向きと下向きで,それぞれおおよそ1g当たり0.05mm/s の増減であった。
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遊泳速度の測定から示唆されるゾウリムシの重力感覚は,これらの機械受容性チャンネルの働きによって説明できる。すなわち,ゾウリムシが上を向いているときには,そのとき下にある後端部が重力によってより強く刺激され,機械受容性カリウムチャンネルの開状態確率が増加し,細胞膜が過分極し繊毛運動の頻度が増加して,推進速度が増加する。ゾウリムシが下を向いているときには,そのとき下にある前端部がより強く刺激され,機械受容性カルシウムチャンネルの開状態確率の増加,細胞膜の脱分極,繊毛運動頻度の低下が次々に起こって,推進速度が減少する。
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ゾウリムシの膜電位は膜が透過性を示すイオンの細胞内外における濃度によって, Goldman の式に従って変化する。膜電位に影響を与える陽イオンのうちカリウムイオンとカルシウムイオンのみを含む溶液にゾウリムシを入れて,カリウムイオン濃度を変化させたときの膜電位の変化は詳しく研究されている。そこで,同様の溶液の中でのゾウリムシの遊泳速度とらせん遊泳軌跡のパラメーターを測定し,それらの膜電位依存性を調べた(図7)。その結果,遊泳速度の膜電位依存性は,1mV の膜電位変化に対しておおよそ 0.07mm/s の速度変化であった。すなわち,これは前述の結果と合わせると,1g の重力刺激で 0.7mV の膜電位変化が起こることを意味している。これを膜の電気的等価回路の式を用いて,カリウムイオンのコンダクタンスの変化あるいは機械受容カリウムチャンネルの開状態確率の変化として推定すると,2-3%の変化ということになる。
この程度のコンダクタンスの変化を大きいと見るか小さいと見るかは,人それぞれであろうが,ゾウリムシは重力の刺激をこの程度のイオンチャンネルの状態変化として受容するだけで,地球の重力場に十分適応して行動できるということを意味しているととることもできる。
(ばば・しょうじ)
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