No.201
1997.12

<研究紹介>   ISASニュース 1997.12 No.201

- Home page
- No.201 目次
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- でっかい宇宙のマイクロプロセス
- 東奔西走
- 小宇宙
- いも焼酎
- 編集後記

- BackNumber

21世紀のX線望遠鏡を目指して

   名古屋大学大学院 理学研究科  國枝秀世


0.はじめに

 今も軌道から元気に世界最新の観測データーを送って来る「あすか」衛星には,日本で最初の本格的X線反射望遠鏡が搭載されています。このタマネギの輪切りの様なX線望遠鏡を御覧になったことのある方々は,「エッ,これが望遠鏡?」と思われたことでしょう。私達はこの不可思議な望遠鏡を更に進化させ,宇宙のより遠くまで,より深く見通すことで,21世紀のX線天文学を切り拓こうと思っています。ここではX線望遠鏡の開発とその応用を紹介します。


1.X線望遠鏡の特徴

 可視光に比べ,3桁ほど波長の短いX線の反射は,鏡面に極めて近い(<1度)斜め入射でなければ反射(全反射)されないことが特徴です。このため,わずかに絞られた,口径数十cmの円錐の内面で反射させ,数m先の焦点面に像を結ぶ,斜入射光学系を使います。全体として大きな有効面積を得るために,この円錐を多数,同心円に重ねます。また,強い散乱を抑えるためには鏡面の粗さは波長程度(0.5ナノメーター;nm)以下まで滑らかにしなければなりません。
 一方,宇宙のはてまで見晴かすため,X線望遠鏡は幾つかの矛盾するような要請を満たすことが課せられています。まず,宇宙から来るX線は大変微弱で,最も明るいX線源である蟹星雲でも1平方cmに毎秒1個程度しか来ません。現在ではその5桁暗い天体までを対象とする様になり,如何に高効率で集光するかが第一の要請です。一方大気吸収を避けて,衛星軌道に持ち上げるには,X線望遠鏡は小型で超軽量でなければなりませんし,打上げ時の,あの恐ろしい振動と衝撃にも耐えなければなりません。
 光学望遠鏡の技術をそのまま延長した Einstein 衛星(1978年,3.5トン)では,厚いガラスを磨いて4層同心円に並べ,最初のX線反射望遠鏡を実現しました。これによりX線撮像が初めて可能になり,X線天文学は大きく進歩しました。


2.あすか衛星搭載X線望遠鏡

 この Einstein 衛星が上がった直後,1979年に日本では悲願の国産初のX線天文衛星「はくちょう」(90kg)が上がりました。その後,「てんま」衛星(1983年,200kg),「ぎんが」衛星(1987年,420kg)に続き,総重量420kgが許されるAstro-D(後の「あすか」)衛星にX線望遠鏡を載せることにしました。一桁近く軽い衛星で,如何に Einstein 衛星を凌ぐか,多重薄板X線望遠鏡がその一つの答えでした。
 まず,結像性能は中程度でも,カバーできるエネルギー範囲を高エネルギー側に広げることで Einstein 衛星を越えることを目指しました。このため,入射角を0.7度以下にすること,極限まで基板を薄く(0.15mm)し,120枚の円錐を同心円に並べることにしました。これがタマネギの輪切りを連想させる基本構造です。これにより大幅に開口効率を高め,10keVまで集光結像ができました。天体の元素組成の中では鉄の存在比が大きく,6.4−6.7keVにある鉄の輝線を感度良く観測できるようになったことは,大きな進歩でした。「あすか」衛星で最も重要な成果の一つになった,ブラックホール近傍の強い重力場の検出は,この鉄輝線を用いて行われました。
 この多重薄板X線望遠鏡はNASAゴダード研究所の Serlemitsos 博士のアイディアによるもので,これを共同で「あすか」に向けて更に工夫を凝らしたものです。厚み0.15mmのアルミフォイルを基板とし,これにアクリルコーティングと金蒸着を施しています。0.5nm以下の滑らかな鏡面を研磨ではなく,コーティングで実現したのはまさに逆転の発想です。
 こうして超軽量化を達成し,自身が軽いことで振動・衝撃にも耐え,あすか衛星では軌道上で無事にX線天体の像を結ぶことができました。


- Home page
- No.201 目次
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- でっかい宇宙のマイクロプロセス
- 東奔西走
- 小宇宙
- いも焼酎
- 編集後記

- BackNumber

3.レプリカ法の導入

 「あすか」衛星の高効率の集光力を維持しつつ,より高い空間分解能を得るため,Astro-Eでは,レプリカ法を導入することにしました。「あすか」衛星で約3分角の像の広がりを決めていたのは,アルミ基板のうねり,それも表面波長10mm以下の凹凸でした。この同じ基板で,円柱をしたガラス母型(表面に金蒸着)のレプリカを取ると,アルミ基板の持っていたうねりはエポキシで埋められ,母型の形状と,滑らかさを金と共に写し取ることができました。
 この金は極めて滑らかなガラス面にスパッタ法などで積まれます。通常はその積み上げた最後の層を表面にして反射鏡としますが,レプリカをした時表面に現れるのは,蒸着時の一番下の層です。そこは金が最も良く打ち込まれた層で,積み上げた最後の層よりも,やや高い反射率を示すことが分かって来ました。
 現在,Astro-E搭載用X線望遠鏡の反射鏡はこのレプリカ法で作られ,今まさに Flight 品が組み上げられているところです。その集光精度は「あすか」衛星の2倍,表面粗さによる散乱も大幅に改善されています。また,焦点距離を「あすか」の3.5mから4.75mまで伸ばすことができたため,入射角が小さくなり,高いエネルギー(鉄輝線付近)の集光面積が倍増されます。この原稿が掲載される頃には,宇宙研D棟1階のX線ビームラインで,1台目の望遠鏡のX線特性測定に取りかかっていると思われます。
 レプリカ法は,高効率を目指す世界のX線望遠鏡の趨勢になっており,今後も母型の精度を高めること,基板の強度/形状/保持方法の改良を進めることで空間分解能10秒角が可能になれば,21世紀初頭のX線望遠鏡製作法の主流となると思われます。


4.多層膜スーパーミラー

 ここまでの話はすべてX線を通常の全反射を用いて集光する手法でした。しかし,X線のエネルギーが高まるにつれ入射角はますます小さくせねばならず,40keVのX線は0.15度以上では全反射されません。こうした困難を避けるために考えられたのが, Bragg 反射を用いて全反射の臨界角よりはるかに大きな角度で反射させる方法です。それも結晶の格子面の干渉を用いるのではなく,人工的に2種類の金属を数nm程度の厚みで積層する多層膜を使う方法です。
 X線光学の世界では10年程前から多層膜の研究が急速に進み,国内でも山下広順先生を中心に精力的な研究開発が進められて来ました。積層する軽/重の金属の組み合わせ,厚さの相対比,層間隔を制御して,反射したいX線のエネルギーと入射角に合致した反射鏡を作ることが自在になって来ました。


- Home page
- No.201 目次
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- でっかい宇宙のマイクロプロセス
- 東奔西走
- 小宇宙
- いも焼酎
- 編集後記

- BackNumber
 しかし,同じ周期長を繰り返し積層する多層膜は一つの波長に対しては高い反射率を持つ(グラフの点線)ものの,天体観測の様に広い波長域をカバーしたい場合には大きな制限になっていました。この狭い波長帯域を広げるために考えられたのが周期長を徐々に変化させた,「スーパーミラー」です。異なる波長は異なる周期長の層で反射させ,全体として広い波長域をカバーするもです。
 実際に製作した白金と炭素の組み合わせのスーパーミラーの反射率(実線)をグラフ示します。表面の5層は周期長5.0nmから4.6nmまで徐々に変化させ,最も低いエネルギー側の帯域をカバーします。次に4.0nm8層,3.6nm13層,3.3nm18層,3.0nm25層と積層し,全体で24keVから40keVをカバーできました。ここで用いた入射角0.3度で,全反射ならば25keV以上では反射率が1%以下(破線)であるのに比べ,40%が得られていることが分かります。


5.気球実験を目指して

 このスーパーミラーを,Astro-E衛星に向けて開発中のレプリカ鏡のスペアに蒸着し,テストモデルを組み上げてみました。そして,実際に40keVまでの硬X線を照射し,焦点面像を撮像することに成功しました。これは世界でも最初の硬X線集光結像実験となり,この種の望遠鏡の実用性を世に示すことになりました。この実験は,NASAゴダード研究所のX線グループ,ガンマ線グループとの共同で行い,1999年中には気球に搭載して,最初の硬X線撮像観測を行おうとしています。できれば,これを21世紀のX線天文衛星へのステップとしたいと考えています。


6.21世紀の宇宙物理学のために

 20世紀最後の年2000年に打ち上げ予定のAstro-E衛星は米国のAXAF衛星,ヨーロッパのXMM衛星と共に一時代を画するものとして,大きな期待が寄せられています。これらの衛星群を越えて,21世紀のX線天文学ではより高エネルギーのX線を用いて,より深い天体の観測を目指すことが世界の流れになっています。米国ではHTXS,ヨーロッパではXEUS,日本でも次期X線天文衛星に向けて,ここで紹介したスーパーミラー硬X線望遠鏡が主観測装置として検討されています。今回のテストモデルでの集光結像の成功は,21世紀を目指す世界のグループの中で我々がわずかばかり前に飛び出したことを意味しています。我々としては,この望遠鏡を,更に10秒角の空間分解能,更に高エネルギーへ伸ばすことを目指し,研究を進めたいと思っています。
 硬X線望遠鏡以外の多層膜の応用は,直入射軟X線望遠鏡と,多層膜回折格子を考えています。すでに,17nm付近の極端紫外線については,光学望遠鏡と同じ球面鏡(直径20cm)に多層膜を蒸着した直入射望遠鏡をロケット(S-520-19)に搭載して,天体観測に成功しています。もし,多層膜の周期長を2nmまで短くできれば,元素組成比の高い酸素の輝線による Line Mapping 観測が可能になります。一般に望遠鏡の空分解能は口径と使用波長で決まる回折限界が上限であり,電波では大陸間や「はるか」の干渉を用いてミリ秒角以下の超高空間分解能を実現しています。しかし,X線の波長は電波より7桁短く,電波干渉計の基線長1万kmに比べ,1mで同等の空間分解能を得ることが,原理的には可能です。分光についても,反射型回折格子の反射率を多層膜で大幅に改善し,X線でも可視光並の高分散分光(λ/dλ>1000)を実現したいと考えています。
 現在のX線天文学の感度,精度は可視光で言うならば,公共天文台にもある1mクラスの望遠鏡の開口面積と,波長分解能しか達成しておらず,まだまだ発展途上の波長域であることは事実です。10mクラスの光学望遠鏡が本格的に動き出す21世紀に,我々は何とかそれに見合ったX線観測を可能にし,新たな発展期を作り出して行きたいと思っています。


- Home page
- No.201 目次
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- でっかい宇宙のマイクロプロセス
- 東奔西走
- 小宇宙
- いも焼酎
- 編集後記

- BackNumber

7.硬X線結像光学システムの応用

 先に述べた様に,透過力の強い硬X線の集光結像システムは,天文学以外の多くの分野への応用が可能です。放射光では表面物性や生体観察に利用され,X線顕微鏡への応用も重要です。医療では結像による診断,集光による治療に道を拓くと考えられます。地上のしがらみから離れて天を見つめる天文学者は,霞を食べて生きている仙人の様な存在と言われたのは遠い昔の話で,ひょっとすると我々も人の命を救う手助けができる時代が来るかも知れません。現代の科学では,最先端の技術を多方面から結集して Breakthrough を起こし,そこで得られた成果はまた多方面に応用されて行くことが重要であると思います。今後とも,各方面の方々の御協力をお願い致します。

(くにえだ・ひでよ)


#
目次
#
お知らせ
#
Home page

ISASニュース No.201 (無断転載不可)