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宇宙科学の最前線

「我々の起源」の探索の果てへ 宇宙物理学研究系 宇宙航空プロジェクト研究員 松村知岳

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インフレーション探索の現状

 これまでのCMBを用いた宇宙観測は、地上や気球による観測が技術開発をけん引しながら科学成果を出しつつも、衛星が高精度全天観測にて決定的な仕事をしてきた背景がある。2014年3月に、南極点で観測を続けるCMB偏光観測実験BICEP2チームは、インフレーション由来の偏光シグナル(Bモード)の発見を発表した。翌日には世界中の新聞がトップ記事として伝え、この世紀の大発見に世界中が驚いた。しかし、その後ESAのPlanckなどの広帯域観測との共同解析により、その発見されたシグナルはインフレーション由来ではなく銀河系内からのダスト偏光放射であることが示された。図3に示すのは、現在のインフレーション探索の現状を示すパワースペクトル(※4)である。Planck、BICEP2、Keckなどの観測結果を統合し、現在96%の確率でr<0.09という制限がついている。この上限により数多くあるインフレーションモデルを一部棄却することが実現できている。


CMB偏光観測の現状
図3  CMB偏光観測の現状 [画像クリックで拡大]
宇宙論のBモードは、二つの要因(インフレーションと宇宙大規模構造の弱重力レンズ効果)により生成される。インフレーション由来の信号はまだ発見されておらず、三つのrに対応するBモード信号を記す。小さいrを探索するには、インフレーション由来の信号が弱重力レンズ効果より支配的な大角度スケールを探索する必要があり、地上では困難な全天観測を可能とする衛星は大きな役割が期待されている。


 我々は38万歳の宇宙に設置されたスクリーンのイメージを精密に見たいわけだが、我々が住む太陽系、銀河系、そして宇宙大規模構造を通して見る必要がある。BICEP2の結果は、こうした途中の「邪魔者」を分別して解析することが非常に重要であることを示す実例となった。

 筆者はカリフォルニア工科大学のポスドクとして、BICEP2の前身であるBICEP1やPlanckに携わった。前述の共同解析以前に、より野心的な衛星からのインフレーション探索を目的としたLiteBIRDなどのプロジェクトへ軸足を移したが、身近なところから発された大きな、そして紆余曲折をはらむニュースは、研究者として非常に学ぶことが大きいものであった。

 この世紀の発見がお預けになったことは残念だが、一方で宇宙論コミュニティーではがぜん、インフレーション探索に向けての期待が強まった。インフレーション探索のための観測の難しさは、その微弱な信号を捉えるために、サンプル数を増やしランダムノイズを抑えつつ、さらに系統誤差を抑える要求が、これまでの実験よりも1桁から2桁高い精度で求められることにある。そのため装置には、液体ヘリウム温度まで冷却した望遠鏡に大きな窓を設置し多くの光を取り込み高感度な多素子超伝導検出器で信号を受ける、という実験的に挑戦的な要素が多く含まれる。しかし、このような挑戦にもかかわらず、BICEP2は現実の観測にてこうした装置を用いて実験感度を実現し、さらに要求を満たす装置由来系統誤差の抑制を示し科学成果を出したことは、コミュニティーに次世代感度の観測の扉を開いたといえ、大きな貢献である。

 インフレーション探索のために、現在多くの望遠鏡が観測中である。地上や気球の実験は今後、r〜0.01の感度を目指している。しかし、有力なインフレーション理論の候補を探索し尽くすには r〜0.001までの探索が必要であり、そのために次世代のインフレーション探索の決着に特化した観測衛星が世界的に科学コミュニティーで期待されている。現在、筆者は日本発の次世代CMBインフレーション探索衛星LiteBIRDの実現性検討を進めている。ぜひ、今後のCMB偏光を用いたインフレーション探索における進展をご期待いただきたい。なお、本原稿のために図を提供してくれた茅根博士(UC Berkeley)には感謝するとともに、この場を借りてあらためてお礼申し上げたい。


(※4) パワースペクトル:CMBの信号は「揺らぎ」であるため、その測定は、それぞれの空間スケールごとの揺らぎの大きさとして表現する。


(まつむら・ともたけ)

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