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宇宙科学の最前線

より高い空への挑戦 学際科学研究系 准教授 斎藤芳隆

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 人類が初めて空を飛んだのは1783年のこと。今から230年ほど昔にフランスのモンゴルフィエ兄弟やシャルルのつくった気球が,その始まりでした。より高い空へ。その野望は脈々と引き継がれ,今,私たちの薄膜高高度気球がその先頭を走っています。

 気球が空に浮かぶのは,空気よりも軽いガスが袋に詰めてあるからです。モンゴルフィエ兄弟は熱した空気を詰め,シャルルは水素を詰めました。現在の科学実験用の大気球にはヘリウムガスが使われています。気球に生じる浮力は,「流体中の物体は,その物体が押しのけた流体の重さと同じ大きさの浮力を受ける」というアルキメデスの原理によって求めることができます。一辺が1mの立方体の袋にヘリウムガスを詰めたら,押しのけた空気の重さ1.2kgの浮力を受けるので,詰めたヘリウムガスの重さ0.2kgとの差の1kgの重さのものを浮かべることができる,というわけです。

 気球を高くまで上げようと考えたときに問題となるのが,高さとともに空気が薄くなることです。高度16kmでは地上の1/10,32kmで1/100,48kmで1/1000といった具合で,地上で1kgあった浮力が高度48kmではたった1gにまで下がってしまうのです。従って,高くまで上がる気球をつくるには,体積を大きくして浮力を稼ぐことと,気球の重量を軽くすることが非常に大事です。

 気球の到達高度の歴史は,体積の増大と気球材料の軽量化の歴史と重なります。モンゴルフィエ兄弟やシャルルの時代から1940年ごろまでは,気球皮膜にはゴムなどで気密性を高めた薄い布が使われていたようです。このころは,1935年にアメリカ海軍が体積10万m3の気球で高度22kmに到達したのが最高到達高度でした。高さへの挑戦は純粋な高さへの憧れだけでなく,大気高層への好奇心からも進められ,シャルルによる高度上昇に伴う温度低下の発見に始まり,成層圏の発見,宇宙線の発見といった科学の成果へとつながっていきます。私たちの運用する科学実験用の大気球はこれが発展したもので,さまざまな宇宙や地球の観測,工学実験などに利用されているのです。

 さて,1940年代になって,技術革新が起こります。ポリエチレンフィルムの工業生産が始まり,それが気球に使われるようになったのです。ポリエチレンには,軽く,安価で,しかも熱によって容易に溶着できるという長所があったため,気球の大型化,軽量化が一気に進みました。気球到達最高高度記録は1950年代に入って次々と塗り替えられます。人工衛星誕生前の,気球の到達高度がすべての飛翔体にとっての最高到達高度だった時代のことです。1972年にはNASA(アメリカ航空宇宙局)によって体積150万m3の気球が高度51.8kmに到達するに至り,この記録は30年にわたりトップの座に君臨し続けることになります。


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