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宇宙科学の最前線

宇宙と老化 学際科学研究系 教授 石岡 憲昭

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はじめに

 私たちは生まれるとすぐに加齢が始まり、加齢に伴い老化が始まります。そして死んだときが寿命ということになります。宇宙環境に適応する際、宇宙飛行士に急速に現れる異常な骨量の減少や筋の萎縮などさまざまな生体の機能変化は、老化による骨量の減少や筋力の低下などの諸症状に似ており、人の老化のすべての特徴を備えているといわれます。ただし、地上で長期間の加齢に伴う老化の過程が、宇宙では短期間で進行します。筋肉は寝たきりの人の2倍の速さで弱くなり、骨は骨粗しょう症患者の10倍の速さで弱くなるといわれています。さらに、宇宙飛行士は、地上でさらされる平均的な自然放射線量の約半年分の宇宙放射線量を1日で浴びています。また、狭い宇宙船や宇宙ステーション内で長期間生活する状況が精神や心理状態にもたらす影響など、宇宙では老化現象を加速させると思われるストレスの要因が多く存在しています。

 今回、国際宇宙ステーション(ISS)での13週間にわたるマウス飼育実験とスペースシャトルでの13日間のマウス飼育実験、それぞれのサンプルシェア研究に参加して、マウスの体毛付き皮膚を得ることができました。それらの皮膚を用いて遺伝子の発現解析を進めています。遺伝子発現解析は、微小重力や宇宙放射線の影響だけでなく、酸化ストレスや細胞周期、老化、寿命に関わる遺伝子群などさまざまな遺伝子の動態と宇宙環境との関係を探る上で有用です。ここでは宇宙環境と老化や寿命との関係を、細胞老化の観点から解説します。

細胞老化とは?

 まず、細胞老化とは何でしょう? 一般的に細胞分裂をする細胞において、細胞が分裂を停止して増殖できなくなり、その状態がずっと続いて元に戻らなくなることを「細胞老化」といいます。酸化ストレス、放射線、がん遺伝子の活性化、DNAの不安定化や損傷などによっても細胞老化が起こることが示されています。細胞老化を起こした細胞の多くは、細胞周期が停止しています。細胞老化は細胞の異常な増殖を防ぎ、がんの発生や炎症などを予防する生体の防御機構の一つと考えられていますが、長期的には老年病の要因になると考えられ、細胞老化から老年病や個体老化へと結び付く可能性があります。

 酸化ストレスや放射線によるストレスは、そのまま宇宙環境でのストレスに当てはまります。実際に宇宙ではどうなのでしょうか?

宇宙でのマウス飼育実験

 ISSで2009年に、イタリアが開発したマウス飼育実験装置(Mice Drawer System:MDS)を用いて、野生型(WT)マウス3匹と、骨を壊して吸収する細胞(破骨細胞)の分化を抑えるタンパク質の遺伝子を導入したトランスジェニック(PTN)マウス3匹を、13週間にわたり長期飼育しました(図1A)。これは宇宙におけるマウスの最長継続飼育でしたが、残念なことにWTマウス2匹とPTNマウス1匹が健康状態などの理由から死亡しました。良好な健康状態で帰還した3匹のマウスについてサンプルシェア研究プログラムが実施され、我々の研究チームも6ヶ国20研究グループの一つとして参加、3匹分の皮膚を得ました(図1B)。その後、2011年で終了した最後のスペースシャトルミッションSTS-135でNASA小動物実験装置(Animal Enclosure Module:AEM)により13日間飼育されたマウス8匹の皮膚も得ることができました。

図1
図1 A:国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟のマウス飼育実験装置(MDS)で作業中のNASAの宇宙飛行士ニコール・ストット©NASA
B:国際サンプルシェアの様子。矢印はNASAケネディ宇宙センター内の実験室で作業中の筆者。
C:細胞老化に関わる遺伝子群の発現変化例のリスト


 老化の要因の一つとして、加齢に伴う活性酸素障害の蓄積がいわれています。抗酸化応答の上昇による寿命の延長や、酸化ストレスをはじめとするさまざまな環境ストレスに対する抵抗性やDNA障害の修復能力が向上するとの報告もあります。これらの皮膚を用いて酸化ストレスや細胞周期、タンパク質合成に関与する遺伝子群、老化やDNA損傷などに関わる遺伝子群の発現変動を、DNAマイクロアレイおよび定量的リアルタイムPCR(qRT-PCR)で分析しました。

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