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宇宙科学の最前線

「かぐや」探査機が発見した月の内部物質 国立環境研究所 地球環境研究センター NIES ポスドクフェロー 山本聡 国立環境研究所 地球環境研究センター 室長 松永恒雄

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巨大天体衝突による月マントル物質の掘削

 過去の研究では、従来見つかっていたカンラン石がどのようにして地表に現れたかの説明として、プルートン仮説が提唱されています。
これは、月の下部地殻にはマグマが貫入してできたトロクトル岩(トロクトライト)があり、中程度の大きさの衝突クレーターが形成されたことにより、表層に曝露されたというものです。
つまり、過去の研究では、月面上のカンラン石はマントル起源ではなく下部地殻のマグマ起源であると考えられていました。
一方、今回SPで見つけたものはいずれも、地殻厚の薄い領域にある直径数百〜1000kmにもなる巨大な衝突クレーターの周辺であり、過去に考えられてきた中程度のクレーターの中央丘にはほとんど見いだされませんでした。

 このことから我々は、月の表面に分布するカンラン石は、かなり深いところにある物質、すなわち月のマントルが、巨大天体の衝突によって掘り起こされたものと考えました。
今回見つかったカンラン石に富む領域の地殻はいずれも相対的に薄く、衝突前の地殻厚も現在の月裏側地殻の最大厚(〜100km)よりは薄かったと考えられます。
このため直径数百〜1000kmを超える巨大衝突盆地の形成時(掘削される深さは最大100km程度にもなる)には、地殻の下にあるマントルまで掘削されたと考えられます。
巨大衝突盆地の中央部分で発見されなかった理由としては、海の形成に伴い表面が玄武岩質の溶岩で埋め尽くされたことが考えられます。

 さらに、今回見つかったカンラン石に富む領域の反射スペクトルを詳細に解析したところ、このスペクトルが、カンラン石に富む岩石の中でも、マントル起源と考えられるダンカンラン岩(ダナイト)に非常に近く、月の下部地殻にあると考えられているトロクトル岩とは一致しないことも分かりました。
これも、月表面で検出されたカンラン石がマントル起源であることを裏付けます。
以上のことから、SPが発見したものは巨大天体の衝突によって掘り起こされた月深部のマントル物質である可能性が極めて高いと考えられるわけです。


今回の発見の意味するもの

 SPの今回の発見は、月マントルの形成とその進化の研究において、大変重要な情報や制約を与えてくれるものです。
例えば、月マグマオーシャンモデルでは、地殻と上部マントルの間には「クリープ」と呼ばれる、マグマから最後に固化した放射性元素に富む岩石の層があったと考えられています。
そのため、上部マントルのカンラン石を掘り起こすような巨大衝突があれば、クリープも表面に現れると考えられます。
しかし、過去の探査によれば、クリープは月表側中央の巨大盆地地形(「雨の海」「嵐の大洋」など)に濃集しているものの、同じようにカンラン石が大量に見つかった「モスクワの海」や「危難の海」では濃集は見つかっていません。
これは、カンラン石が掘り起こされた巨大衝突盆地の形成が起きたときよりも前に、このような物質が月の表側の一部またはマントル深部に濃集し、それ以外の領域には存在しなかったことを意味します。
このように、カンラン石の分布をもとにして、大昔の月内部物質の分布について具体的な情報が得られるようになります。
そのため、今回の発見は、今後の月の内部進化、さらにいえば地球など他の天体の進化の詳細な理解につながる大変重要なものであると期待されます。

(やまもと・さとる/まつなが・つねお)



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