宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > 宇宙科学の最前線 > 小天体研究を通した太陽系の理解〜地上観測研究と隕石分析研究の橋渡し〜

宇宙科学の最前線

小天体研究を通した太陽系の理解〜地上観測研究と隕石分析研究の橋渡し〜

│2│


「はやぶさ」探査機と近赤外線分光器

 「はやぶさ」はそのような背景で計画された探査機でした。「はやぶさ」の第一の目的は次世代の太陽系探査機に必要な工学的技術を実証することですが、小惑星の近傍観測と表面物質の採取および地球へのサンプルリターンという、理学的な大きな目的も持っていました。
 「はやぶさ」は2003年5月に打ち上げられ、2005年9月に小惑星イトカワに到着しました。地上観測によって、イトカワはS型小惑星に分類されていましたが、やはり普通コンドライトとは違った特徴を持っていることも分かっていました(図1)。



図1
図1 S型小惑星イトカワの反射スペクトル(丸印)と普通コンドライトの反射スペクトル(実線)(Binzel et al.2001を改変)

「はやぶさ」には分光観測のための装置として、近赤外線分光器という科学観測装置が搭載されていました(図2)。近赤外線分光器はその英語名Near Infrared Spectrometerを略してNIRS(ニルス)と呼ばれています。我々は、この装置を用いてイトカワの観測を行いました。
 NIRSの観測波長域は800nm〜2100nm程度です。小惑星の表面に多く存在すると考えられている(実際に隕石の分析研究でも存在が確認されている)輝石やカンラン石の特徴をつかめるように設計されています。地上観測との違いを得るために、視野サイズを0.1度にして、小惑星の表面を十分空間分解して観測できるようにしました。NIRSによるイトカワ表面の詳細な地図は現在作成中ですが、可視カメラの観測で明らかになった小惑星表面上の色や明るさの違い(『ISASニュース』2006年5月号、齋藤氏の記事写真参照)は、NIRSでも観測されています。



図2
図2 「はやぶさ」探査機に搭載された近赤外線分光器(NIRS)

「はやぶさ」の分光観測で明らかになったこと

 NIRSはまず、地上観測との比較を兼ねて分光データの平均的な特徴を調べました。NIRSのデータからも輝石やカンラン石の特徴を検出することができ、表面物質に両者が含まれていることを明らかにすると同時に、その組成比についての情報も明らかにしました。そして、イトカワの表面物質は、地上に落ちてくる隕石の中では普通コンドライトに最も近く、さらにその中でもLLコンドライトという隕石に近いことを明らかにしました。
 NIRSはさらに、空間分解して観測されたデータを用いて、色や明るさの変化している領域も鉱物組成の違いがほとんどないことを明らかにしました。これは、イトカワの表面はほぼ一様な物質からなり、大規模な熱的な進化過程を経ていないことを意味します。普通コンドライトは熱的な進化を経験していない始原的な隕石とされており、この観点からもS型小惑星と普通コンドライトの関係が強くなりました。この結果は、同じく「はやぶさ」に搭載された蛍光X線スペクトロメータの観測結果からも支持されています。
 さらに、探査機の小惑星表面接近時には小惑星の明るい領域をより詳しく観測することができ、明るい領域の分光データは、ほかの比較的暗い領域に比べて、より普通コンドライトの特徴に似ていることが分かりました。
 イトカワの表面物質が推定できると、重力計測から求められたイトカワの質量と、カメラの観測から求められた体積を使って、面白いことが分かりました。質量と体積からイトカワの全体の密度が推定されるのですが、その値は1.9g/cm3で、LLコンドライトの平均的な密度3.2g/cm3とは大きく異なるのです。このことは、イトカワの内部に空隙が存在することを意味していました。



│2│