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宇宙科学の最前線

宇宙インフレータブル構造物

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 このように見てくると,宇宙インフレータブル構造物とは,宇宙で展開・膨張する風船のような構造物を作るばかりではなく,風船を内圧利用のアクチュエータであるととらえることもできることに気付きます。そこで,形状精度を得るには構造硬化模擬方式を利用し,展開力としてはインフレータブル構造要素をアクチュエータとして利用することにより,形状精度の高い構造物を構成することができるようになります。構造硬化模擬とは,材料自体を硬化させるのではなく,所望の形状に癖を付けた構造要素をあらかじめ作っておき,それをリールに巻き取るなどの方法で収納し,収納の拘束を開放することにより自発的に癖の形状を発現させる方法です。巻き尺が真っすぐな形状で使えるのは,これの日常的な例です。構造硬化模擬方式では,インフレータブル構造要素部分を硬化させる必要がないので,繰り返し使用できるようになります。図3aにインフレータブル構造要素を伸展アクチュエータとして利用した構造硬化模擬方式の伸展アンテナSPINAR(SPace INflatable Actuated Rod)を示します。伸展用モータが不要であるため,モータに付随する減速ギア,モータ駆動用電子回路,そのためのヒータなども不要になり,伸展機構の軽量化と省機構部品化が実現できます。図3bにはSPINARの航空機放物飛行による微小重力下でのスピン伸展実験を,図3cにはSPINARの真空槽中での伸展実験を示します。超軽量・高剛性・高収納率,簡便な伸展機構・少ない機構部品などのインフレータブル構造物の特徴を兼ね備えているだけでなく,繰り返し使用可能であるために地上試験を繰り返し実施できることも利点です

図3  SPINAR
図3


 構造硬化模擬方法とインフレータブルアクチュエータとを組み合わせた構造物は,上述のようなアンテナのみならず,建造物としての利用へも発展できると考えています。図4は月面の極域にそびえる伸展式の月面タワーの概念図であり,定常的に太陽光線が利用できる高さまで太陽電池を持ち上げることで昼夜発電が可能になるので月面で夜を越せるようになり,また電波塔として通信の中継にも利用できるでしょう。インフレータブル方式を採用することにより,月着陸機の上面に機器の一つとして搭載できる程度の重量配分で,月着陸面から全高15〜20m程度の塔を簡便に建造することができると考えています。

図1
図4  月面タワーの提案構造概念図(伸展状態)


まとめ

 ここで述べたように,宇宙インフレータブル構造物は数々の利点と特徴を持った構造様式です。いろいろなアイデアによりさらに発展していくと考えられますが,これは将来の技術ではなく,すでに目前の利用に供せられる技術であると考えています。しかし,これまで宇宙実証の機会が少なかったために知名度が低いと思われますので,私たちは宇宙実証の機会の獲得と実績の蓄積に努力しているところです。また,宇宙インフレータブル構造物をさらに広い用途に利用する発展の過程は,新たな技術と発想の実験場であると考えています。多くの人に宇宙インフレータブル構造物に興味を抱いていただいて,宇宙インフレータブル構造物によって夢と希望も宇宙に広げられることを願っています。宇宙インフレータブル構造物は工学用語であって,宇宙の構造のでき方に関する宇宙インフレーション理論という物理学とは関係ありませんが,宇宙と構造というキーワードが,意味は違っても共通であるところが面白いと思います。宇宙構造にはインフレーション(膨張)が似合うのでしょうか。

(ひぐち・けん)



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