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宇宙科学の最前線

無容器浮遊と過冷却の科学

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静電浮遊法による新機能材料の創製

 鋼は,高温状態から急冷する「焼き入れ」により硬くなることが知られています。これは,急冷によって通常の凝固時とは異なる結晶ができるためです。このように材料の性質は,熱処理の仕方によって大きく変わります。無容器浮遊では,深い過冷却という普段は得られない温度条件が実現できます。こうした特異な温度条件で試料をプロセスし,特異な結晶組織を実現させることにより卓越した機能を発現させる。これが,浮遊法による新機能材料の創製研究です。

 一例として,静電浮遊炉におけるセラミックス試料の研究について紹介します。研究の対象としている試料はチタン酸バリウム(BaTiO3)という酸化物で,電気回路に欠かせないコンデンサの材料として広く使われている物質です。この試料を地上の静電浮遊炉で溶融/凝固させた後,試料の比誘電率を測定しました。その結果を図4に示します。比誘電率は,コンデンサ材料としての性能を示す数値の一つです。通常のチタン酸バリウムも3000程度と高い値を示すのですが,静電浮遊炉で処理したものは通常に比較して30倍程度大きな比誘電率を持つことが明らかになりました。また,温度を変えても高い誘電率を保持し続けるという優れた特性も兼ね備えています。


図4
図4 チタン酸バリウムの比誘電率の測定


 浮遊技術を用いた新機能材料の創製研究は始まったばかりですが,今後もこの例のような優れた材料創製が大いに期待されます。


宇宙ステーションに向けて

 浮遊技術は近年急速な進歩を遂げ,地上においても安定して試料を浮遊溶融させてさまざまな研究が行われるようになってきました。また地上での研究を進めていく中で,微小重力環境の必要性(地上では難しいこと)も明らかになってきました。地上では浮遊できる試料の大きさが非常に小さいこと,地上では浮かせることが非常に難しい試料種があることなどです。さらに,地上では浮かせた試料に重力が働いていますから,水と油を混ぜたような試料では重力による分離が起こってしまい,均質に混ぜることは困難です。こうした問題に対しては,宇宙ステーションを利用した実験が有効です。地上と宇宙とを有効に使い分けて効率的に実験・研究を進めていくことが肝心です。

 国際宇宙ステーション用の静電浮遊炉は,現在地上研究の成果をもとにして設計検討を進めている段階です。装置サイズなどの宇宙ステーションの制約を加味した設計,搭乗員の生命を確保する多重の安全設計などさまざまなハードルがありますが,搭載に向けて着実に研究開発を進めていきたいと思います。

(いしかわ・たけひこ)




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