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宇宙科学の最前線

「中くらいのブラックホール」は存在するか?

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スリムディスクか,中くらいのブラックホールか

 ここで,二つの解釈が登場する。まず一つは,予想通りの低温降着円盤成分と,高エネルギー側の残りを説明する,べき関数スペクトル成分を仮定するものである(図2左側)。星サイズのブラックホールでも,降着円盤成分よりも高エネルギー側で非熱的な,べき関数スペクトル成分が存在した。それと同じ2成分モデルを適用したものである。この解釈によると,低温降着円盤スペクトルから推定されるブラックホールの質量は,太陽質量の数百から数千倍になる。もう一つの解釈は,ULXにおいては質量降着率が高くなり過ぎ,標準的な降着円盤モデルは破たんしており,円盤は「スリムディスク」と呼ばれる別の物理状態になっている,というものだ(図2右側)。実際,スリムディスクモデルは理論的に予言されており,円盤の光度がエディントン限界に近くなると重力エネルギーのすべては局所的に熱化されず,移流によってエネルギーが内側に運ばれる。スリムディスクから期待されるエネルギースペクトルの計算は複雑だが,最近の研究によると,どうやら標準的な降着円盤よりもかなり温度が高くなるようで,これはULXの観測とうまく合う。また,スリムディスクは文字通り薄過ぎず,厚過ぎず,球対称の仮定を逃れたおかげで,エディントン限界の10倍ほどの光度まで出すことができる。


図2
図2 謎のULX天体,NGC1313 X-2のX線エネルギースペクトルを説明する二つのモデル。モデル1では,太陽の数百倍の質量を持つ「中くらいのブラックホール」の周りの低温降着円盤を仮定する。一方,モデル2では,約30太陽質量を持つ「星サイズのブラックホール」の周りの高温降着円盤を仮定する。筆者は後者を支持しているが,いったいどちらのモデルが正しいのだろうか。


 図2に示したように,どちらのモデルでも観測スペクトルをうまくフィットさせることができる。しかし,私は以下の理由から,前者のモデルを信じない。

(1)星サイズのブラックホールの場合,高エネルギー側のべき関数成分の時間変動は大きく変動していた。しかし,ULXの場合,常に低温円盤成分とべき関数成分の比はほぼ一定であり,不自然である。これは,スリムディスクの形を無理やり現象論的な2成分モデルで合わせているためではないか?

(2)星サイズのブラックホールでは,円盤の光度と温度が大きく変わっても内縁の半径は一定,という降着円盤の半径とシュバルツシルト半径を結び付ける強い証拠があった(図1)。そういう証拠がULXについては見つかっていない。

 私は後者のモデルの立場に立ち,降着円盤の理論家と協力し,スリムディスクのスペクトルをULXに当てはめ,ブラックホールのパラメーターを求めようとしているところである。我々のモデルでは,ULX中のブラックホールの質量は30太陽質量程度,かなり重い星サイズのブラックホールである。降着円盤はスリムディスクになっていて,エディントン光度の数倍で光っている。これによって,観測された1040エルグ/秒程度の光度も問題なく説明できる。数百,あるいは数千太陽質量の「中くらいのブラックホール」は必要ない。

 近い将来さらに観測と理論が進めば,我々のモデルが正しいことが証明され,ULXの正体に決着をつけられると思っている。いや,もしかすると我々が間違っていて,本当に中くらいのブラックホールの証拠が発見されるかもしれない。そのときは頭をかいて反省しなくてはいけないが,もしもそんなものが宇宙に本当に存在するとしたら,それはそれでものすごくエキサイティングで面白いことなのである。宇宙は簡単には真の姿をさらけ出してはくれず,実にじれったくもあるが,ULXの謎解きではまだしばらくは楽しめそうだ。

(えびさわ・けん)



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