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宇宙科学の最前線

宇宙科学の新たな展開〜宇宙環境利用科学〜

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生体高分子結晶成長機構解明研究
 この研究では、先ほどの半導体結晶成長における巨視的なモデル化と異なり、科学的課題が多く存在する原子・分子レベルでの微視的結晶成長機構を調べています。モデル物質として蛋白質を用いていますが、これは巨大分子であるため観察が比較的容易であることに加え、我々にとって身近かつ重要な物質であるためです。例えば、生物は約10万種もの蛋白質を作っています。そして、これらの蛋白質の分子構造と機能を解明することにより、疾病の診断・治療法の開発、医薬品開発、食品開発などが可能となります。蛋白質分子の構造解明には、通常X線による結晶構造解析を行います。しかし、高精度に構造を決定するためには、高品質な蛋白質結晶が必要です。高品質結晶育成には、対流を抑制することが最も効果的と考えられ、諸外国の宇宙機関を含めてこれまで1万サンプル以上の宇宙実験が行われてきました。しかし、品質向上の比率は半分に満たず、高品質化のためのメカニズム解明が必要になってきました。
 前述の通り、蛋白質分子は一万から数十万程度の分子量であるため、分子レベルの観察が容易です。また、試料によっては一分子の観察も不可能ではありません。そのため、原子間力顕微鏡(AFM)を用いれば、蛋白質分子の成長界面への取り込みなどの微視的な挙動を観察可能と考えています。現在AFMを用いて、結晶表面観察やステップ前進速度計測などを行っています。また、界面濃度計測、結晶欠陥観察、X線による品質評価なども並行して行い、これらのデータを用いて、体系的なメカニズム解明を目指しています。これまでに得られた結果の一例として、不純物の取り込みによる結晶表面の荒れを図3に示します。

図1
図3 結晶に不純物を混入させたときの結晶表面の様子。
不純物が増加するに伴って、表面が荒れていく。左から、不純物0%、1%、5%、10%

非接触浮遊技術を適用した科学的探究

 微小重力下では、材料を無容器で浮遊状態に保持することができます。この性質を利用すると、材料を溶融状態から、その材料が本来凝固すべき温度(融点)以下にまで冷却しても凝固しない状態(過冷却状態)を実現しやすくなります。そして、材料を過冷却状態から凝固させると、アモルファスに代表される準安定相と呼ばれる状態の物質が得られる場合があります。一般に、材料の特性を決定しているのは、材料の原子配列と組織です。従って、準安定的な原子配列や組織を持つ材料は、新しい特性を示す可能性があります。今後、レーザー用材料や磁性材料などとしての新たな準安定材料開発が期待されます。
 また、無容器技術を用いれば、反応性の高い物質の溶融状態の物性値を計測することができます。ここでは、ISSの次世代実験装置として期待されている静電浮遊炉(静電場を利用して試料を空間に位置制御する装置)の研究開発状況および本装置による科学的成果のいくつかを述べることにします。

高精度熱物性値計測研究
 静電浮遊炉は、小さな試料であれば地上でも浮遊させることができます。このため、現在地上用の静電浮遊炉の研究開発を進めています。現在、3000℃程度までの液体状態の物質の粘性係数、表面張力、密度、比熱の温度依存性の測定が可能です。図4は、2500℃程度の融点を持つ金属(ニオブ)の世界初の粘性係数測定結果です。この材料は反応性が高く、これまでは物性値測定が困難でした。さらに、融点よりも500℃低い温度までの物性値も計測しました。このような大きな過冷却状態は、容器を用いる方法では達成不可能です。地上では試料の大きさが限定され、かつ重力により試料形状が真球からずれているため、物性値に誤差が生じます。このため、微小重力下での高精度物性値計測が期待されます。

図1

図4 2470℃の融点を持つニオブの粘性係数測定結果


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