No.301
2006.4

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2006.4 No.301 


- Home page
- No.301 目次
+ 宇宙科学最前線
- お知らせ
- ISAS事情
- 科学衛星秘話
- 宇宙の○人
- 東奔西走
- いも焼酎
- 宇宙・夢・人
- 編集後記

- BackNumber

微小小惑星の質量を求める 

宇宙情報・エネルギー工学研究系            
「はやぶさ」ミッション&サイエンスチーム 吉 川 真 

 2005年9月12日、打ち上げられてから2年4ヶ月を経て、小惑星探査機「はやぶさ」が目的地である小惑星イトカワに到着した。到着したときの位置は、イトカワからの距離約20km。広大な宇宙のスケールから見れば、まさにピンポイントの到着である。その後、約3ヶ月間にわたって、「はやぶさ」はイトカワの周りを飛行し、まさにその名の通り、“獲物”の獲得のため、イトカワへの接近を繰り返したのである。差し渡し540mの小さな天体の周りを探査機が自由に飛行するミッションは、もちろん世界で初めてである。ここでは、この世界初の試みに関連して、「はやぶさ」の軌道とイトカワの質量推定について紹介する。


イトカワ周辺での「はやぶさ」の軌道

図1 「はやぶさ」とイトカワ、地球、太陽の位置関係。図は小湊隆氏による。

 「はやぶさ」とイトカワ、そして地球・太陽の位置関係は、図1のようになる。「はやぶさ」は常にイトカワと地球を結ぶ線の近くにあり、地球と太陽は、「はやぶさ」から見るとイトカワと反対の方向にある。「はやぶさ」は、イトカワを周回することはせずに、基本的には上下方向に運動した。ただし、単純な上下運動だけでなく、視線と垂直方向への飛行も行っている。到着から10月下旬までの実際の軌道図を描いたものが図2である。9月中はほぼ直線に沿った運動をしていたが、10月になると横方向にも飛行したことが分かる。

図2 2005年9月12日から10月下旬までの「はやぶさ」の動き
原点にイトカワがあり、Z軸の正の方向に地球がある座標系である。図は小湊隆氏による。

- Home page
- No.301 目次
+ 宇宙科学最前線
- お知らせ
- ISAS事情
- 科学衛星秘話
- 宇宙の○人
- 東奔西走
- いも焼酎
- 宇宙・夢・人
- 編集後記

- BackNumber
 図1にあるように、ミッションチームでは、イトカワから20km付近をゲートポジション、7km付近をホームポジションと呼ぶことにした。イトカワに到着した9月12日は、ゲートポジションへの到着である。その後、2週間ほどはゲートポジション付近にいたが、9月末には高度をホームポジションまで下げた。さらに10月後半には高度を4km以下まで下げている。まったく初めての経験であるので、いきなり高度を下げることはせずに、慎重に運用を行っていったのである。

 「はやぶさ」がイトカワ周辺にいた約3ヶ月間に取得されたレンジ(地上局から探査機までの電波の往復時間から計算される距離)とドップラー(電波の周波数変化から計算される視線方向の速度)のデータを示したものが図3である。図3ではO-Cと書かれているが、通常O-Cというのは観測値(O)と理論値(C)の差であり、探査機の場合のCは軌道決定値から計算されるものとなる。しかし、ここでは、Cとしてイトカワの軌道から計算された値を使っている。つまり、レンジのO-Cは、「はやぶさ」とイトカワの視線方向の距離の差(値が負であるのは、「はやぶさ」がイトカワの手前にいることを示す)であり、ドップラーのO-Cは、イトカワに対する「はやぶさ」の視線方向の速度(正がイトカワに接近する方向)と見なしてよい。図3は、「はやぶさ」の苦闘の足跡を示しているのである。

図3 イトカワ近傍における「はやぶさ」のレンジとドップラーデータ
ここでは、イトカワに対する値を示す(本文参照)。黒で描かれたデータは臼田局で取得したもので、赤はDSN局で取得したものである。また、レンジは計測点の間を線で結んでいるが、計測間隔が粗いために正しい変化を示していない部分もある。

- Home page
- No.301 目次
+ 宇宙科学最前線
- お知らせ
- ISAS事情
- 科学衛星秘話
- 宇宙の○人
- 東奔西走
- いも焼酎
- 宇宙・夢・人
- 編集後記

- BackNumber

太陽輻射圧を実感

 図3において、「はやぶさ」がまだゲートポジション付近にいたときは、レンジのO-Cのグラフが上に凸の放物線になっている。横軸が時間で縦軸が距離であるから、これは、まさに1次元の等加速度運動を示していることになる。つまり、地上でボールを垂直方向に投げ上げた場合の運動である。このことは、ドップラーデータによる速度が一様に増加していることからも分かる。なお、イトカワへの接近速度がある程度まで大きくなると、イトカワに近づき過ぎないように、イトカワから離れる方向に加速をする制御を行っている。

 ここでちょっと注意をしておくと、「はやぶさ」のイトカワの周りの運動を考える場合には、太陽や惑星からの引力は取りあえず無視して構わない。それは、これらの天体からの引力が、イトカワと「はやぶさ」の両方にほぼ同様に作用しているためである。また、イトカワに対する太陽輻射圧の効果は、無視してもよい。ここでは以上の近似のもとで、解析を行っている。

 さて、図3のデータから小惑星の引力がすぐに計算できると思われるかもしれないが、それはちょっと早計である。それは、この等加速度運動をもたらしている主要な原因が、イトカワの引力ではなく、太陽輻射圧であるからだ。「はやぶさ」がゲートポジション付近にいたときの太陽輻射によって「はやぶさ」が得る加速度は、約1x10-4mm/s2である。イトカワからの引力による加速度は、最終的に求められた質量から計算すると6x10-6mm/s2程度であるから、ゲートポジションでは「はやぶさ」に加わる加速度のうち95%くらいは太陽輻射圧によると考えてよい。図1に示されているように、太陽との位置関係によって、太陽輻射圧による加速度の方向とイトカワの重力による加速度の方向がほぼ同じ方向となり、太陽輻射圧があたかも重力のように働いているのである。

 日常生活では、太陽輻射圧など気にすることはないが、深宇宙探査機の軌道決定においては、太陽輻射圧をいかに正確に推定するかが軌道決定精度に大きくかかわってくる。通常の探査機の運用では、太陽輻射圧が目に見える形で現れることはないが、イトカワ近傍の「はやぶさ」の軌道運動においては、それがあからさまに見えたことになる。


イトカワの質量推定

 小惑星の質量は、小惑星近傍での探査機の運用を行う上で重要であるが、サイエンスとしても最も基本的な量として重要である。小惑星の質量と体積が分かれば密度が計算できるが、密度の値によっては、小惑星を構成する物質や内部構造なども推定できるからである。イトカワは、事前にレーダー観測が行われ、そのおおよその形状は分かっていた。従って、質量についても例えばミシガン大学のScheeres氏らが6.27x1010kgという値を出していた。これは、イトカワの体積を2.41x107m3とし、密度を2.6g/cm3と仮定して出したものである。密度については小惑星の代表的な値を用いたもので、この質量が正しいという保証はない。そこで、「はやぶさ」がイトカワに到着するとすぐに、質量の推定が始まった。

 すでに述べたように、最初のうちは「はやぶさ」は小惑星に対してほぼ上下方向に1次元的に運動していた。従って、高校物理の知識でも加速度が計算できる。得られた加速度は、太陽輻射圧と小惑星引力の両方の効果によるものであり、小惑星の質量を求めるためにはこれらを分離しなければならない。分離の方法は簡単で、高度の異なるところで加速度を求め、太陽輻射圧の方は一定だとして小惑星の引力による加速を計算すればよいのである。実際には、太陽との距離が変化したり探査機の姿勢が微妙に変わったりするので、太陽輻射圧の計算においてはそれらの補正をすることになるが、いずれにしても、イトカワの質量は比較的簡単に求められそうに思えた。実際、到着から10月初めまでのデータを使って、イトカワの質量が最終的には誤差15%で求められた。

 従って、「はやぶさ」がよりイトカワに接近すれば、質量の推定精度も上がると期待された。ところが、予期していないことが起こった。姿勢を制御するリアクションホイールの1台が、10月初めに故障してしまったのである。もともとリアクションホイールは3台積まれていたが、そのうちの1台は小惑星到着前に壊れていた。ここでさらにもう1台壊れてしまったことによって、姿勢制御はスラスタ(化学エンジン)を使わざるを得ないことになった。問題は、スラスタを使うと、どうしても軌道運動に加速度を生じてしまうことである。そのために、10月以降は、探査機の軌道データから小惑星の質量を推定することが難しくなってしまったのである。

 そこで、10月21〜22日に、意図的に姿勢制御を行わない期間を作って、そのときの「はやぶさ」の動きからイトカワの質量を推定することにした。また、11月にはタッチダウンも含めてイトカワへの降下が何度も行われたが、そのうち11月12日の2回目のリハーサル降下のときの軌道を使った質量推定もなされた。これらは、レンジやドップラー以外に、イトカワ表面からの距離の計測値(LIDAR計測値)やイトカワを撮影した写真のデータも使って、「はやぶさ」の正確な軌道を決定し、同時にイトカワの質量を求めたものである。特に、2回目のリハーサル降下の解析においては、神戸大学LIDARチームを中心にして二つの期間で質量の推定がなされた。質量が推定されたときの軌道図を図4に示す。イトカワのすぐ近くを「はやぶさ」が飛行していることが分かる。この場合には、イトカワは質点として扱うのではなく、物質分布(イトカワの形状)を考慮している。

- Home page
- No.301 目次
+ 宇宙科学最前線
- お知らせ
- ISAS事情
- 科学衛星秘話
- 宇宙の○人
- 東奔西走
- いも焼酎
- 宇宙・夢・人
- 編集後記

- BackNumber
図4 11月11〜12日の降下で質量推定を行った二つのパス
11月11日のデータでは、水色の実線が計測値で、赤い線が求められた軌道である。11月12日のデータでは、○印が計測値で、点線が求められた軌道である。それぞれ、表のCとDのケースに対応する。図は、阿部新助氏(神戸大学)・Daniel Scheeres氏(ミシガン大学)による。表示されているイトカワの形状は、会津形状モデルVer.5.04による。

 以上、質量推定についてまとめると、表のようになる。これらは、独立のグループによって、別々のパスで異なる手法によって求められたものである。結果は誤差範囲内で一致しており、これらの重み付き平均をとった3.51x1010kgが、イトカワの質量の推定値になる。サイエンスとして注目されるのは質量よりも密度であるが、密度を計算するためには、天体の体積を正確に見積もる必要がある。会津形状モデルでは、イトカワの体積は1.84x107m3と推定された。従って、イトカワの密度は約1.9g/cm3となる。これは、イトカワと同じタイプのほかの小惑星に比べるとかなり小さいものであり、イトカワの構造や起源を探る上で重要な情報となろう。

表 イトカワの質量推定の結果


さらなる解析へ

 以上は、イトカワの質量についての最初の解析である。今後、さらに細かく「はやぶさ」の軌道が解析されれば、イトカワの質量についてもより細かいことが分かってくるかもしれない。今回、初めてイトカワのような小さな小惑星の質量の推定を行ったわけであるが、当初は、イトカワを周回しないでも質量が求まるのかとか、太陽輻射圧との分離などが課題として挙げられていた。実際には、これらは大きな問題とはならず、むしろ探査機の軌道制御や姿勢制御による軌道運動への外乱が、質量推定への大きな支障になることが分かった。今後も「はやぶさ」のデータの解析を進めるとともに、また別の小惑星についても探査の機会が訪れることを期待したい。

(よしかわ・まこと) 


#
目次
#
お知らせ
#
Home page

ISASニュース No.301(無断転載不可)