No.276e
2004.3 号外

ISASニュース 2004.3 号外 No.276e 


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あみだ,夏期講習,ポリイミド   
           そして JAXA 

横 田 力 男  


珍しく背広で

 駒場の東大宇宙航空研時代,神戸研究室はケヤキの大木の奥,レンガ造りの本館材料系研究室の2階半分を占めていた。教授,助教授,助手,技官のスタッフと博士課程最終年の2人を含む5人の大学院生,4人の受託研究員という,ほぼ完ぺきな研究体制であった。お茶の水の喧噪(けんそう)とは別世界の研究室は,ボスが高分子固体物性,助教授は高分子合成,反応論と分野を別にし,個々のテーマも合成,熱分解,溶液論,熱分析,レオロジーと,唯一「高分子」が共通項という幅広さであった。

 ものを造ることが好きな私の卒業研究は,不純物を極力排除して成立するリビング重合とされた。アニオン重合の学問的なことは知らずとも,これができれば世界初と聞かされてずいぶん徹夜の実験をしたおかげか,うまくいって,卒業と同時に技官にしてもらうことになった。毎週水曜日の実験報告は何のことかさっぱり理解できないことが多く,苦行道場の感があったが,同期3大学6人の卒研生と最低1回は質問するよう申し合わせて耐えた。ともかくこの体験は,知らなければ済んでしまった別の世界に触れたという意味で,私の人生観を変えた。

 初めて神戸研究室を見学したとき,8人全員がここでの卒研を希望したため,2名を選ぶ方法は「あみだ」と決まった。「あみだ」の順番も「あみだ」であった。成績順ではとうてい無理であった私は,びりの「あみだ」を引いた。私に残されたくじは“当たり”であった。



 本郷の理学部化学教室は,高分子のような訳の分からないものを研究対象にはしない。しかし出店の神戸・三田研は高分子材料の基礎研究を果敢に選択させたため,私はもちろん,先生もよく理解できないらしいことがしばしば感じられた。その代わり,テーマはさまざまでも,原理に戻って議論することで分からないことを推測し明らかにする方法はそんなに特別ではないことや,飛び交う専門用語も意味は分からなくても驚かずに済むということを学んだ。1日の半分は実験,昼と夕方は装置に測定をさせてひたすらテニス,暗くなると大学の技術職員の地位改善を含めた制度改革を信じ,組合運動に打ち込んだ。気が付けばあっという間に時が過ぎ,身を固めるために会社の内定ももらった。

 何となく本郷の総合図書館のテープによる語学研修に参加したのは,34歳の夏休みであった。ちょっと前に半年滞在し実験を手伝ったアメリカの先生から,博士号のない私へポスドクとしての招きをいただいた。それに応じたのは,この研修があったからである。だが,トランジットでバンクーバーに降りたとき,研修が役に立たなかったことは言うまでもない。アメリカの研究テーマはもっと基礎的であった。しかしその先には実に具体的な課題があること,かなり確実な研究計画が立てられていることが分かった。アメリカの研究環境の厳しさと“力”を認識した。また,何より常識の違いを知るにつけ,正義や物事に「絶対」はないことを悟った。



 1980年の改組に,本館材料系からは教官でない私一人がISASに残った。しかし相模原にはボスも設備もないので,駒場で実験を続けた。幸い衛星の熱保護膜に使われるポリイミドは,電子材料として脚光を浴びつつあった。一方,一人になった私は産学の垣根をできるだけなくし,率直な議論のできる場の必要性を強く感じていた。そして日本ポリイミド研究会の設立を,東大と東工大のグループに提案した。今年で13回となる会議は,100名近い参加者相互の情報交換と提携を広く深く進めることに成功した。

 私のような大学の技術系職員は,建前の仕事をこなす中で自らのテーマを継続することは容易ではない。しかし豊かな環境と自主性を尊重する人たちに恵まれ,時間はかかったが本郷で学位をいただいた。私のような技術職人が「研究」の一端に触れることができたことは,まさに幸運であった。



 さて最終章に来て,日本の宇宙機関の統合に立ち会うこととなった。しかし,新しい組織と未来への期待に胸が高鳴ることがないのはなぜだろうか。JAXAXが問われると,いみじくも言われる。新しい出発に際して予算も人も縮小され,その上不具合が重なれば,活気がそがれるのは分かる。しかし,小さい打ち合わせのまとめにもたくさんの承認印を要求するようなJAXA自身の組織の重層化は,率直な提言や意思の疎通を欠く要因となってはいまいか。私たち職員が誇りと情熱を持って仕事に打ち込める組織でなければ,誰が支持してくれようか。私を育ててくれたISASJAXAの一員として,宇宙開発のリスクと重要性を,プロの研究技術集団として社会に訴えるべきであろう。

(よこた・りきお 宇宙構造・材料工学研究系) 



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