No.276e
2004.3 号外

ISASニュース 2004.3 号外 No.276e 


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アッという間の在職40年と   
         200光年先の恒星探査 

高 橋 慶 治  


1982年,ESTECにて
(向かって一番左が筆者。その隣は後川昭雄先生)

 東京大学宇宙航空研究所に1964年4月に入りました。後川昭雄先生の研究室で,初めは半導体ICに取り組みましたが,その後の40年間ほど,バッテリーを中心とする電源関係の仕事に携わることになるとは夢にも思いませんでした。この間一番印象に残っているのは,1982年に初めて行った,ESTEC(ヨーロッパ宇宙研究技術センター)をはじめとするヨーロッパでの電源動向調査でした。



 以上で回顧はやめて,数十億年後の太陽の矮星(わいせい)化に対応する地球上のこれからの人々のため,新たな太陽系探しの恒星探査を,石原博士の「銀河旅行」シリーズをもとに述べてみたいと思います。

 探査に使われる恒星探査船(以下,恒星船)の推進システムは,基本的には恒星間にごく普通に存在する水素(またはそのイオン)から成る星間物質と核融合炉を組み合わせた,恒星間ラムジェット推進システムである。できるだけ光速に近づけるために,太陽系内の基地に設けたX線レーザなどのエネルギービーム衝撃推進システムによる加速も必要となる。その後にラムジェット推進システムによって1G(ここでは計算の便宜上9.5m/sec2を仮定)の加速度を100光年維持し,残りの100光年は減速のため-1Gで逆噴射する。最大200光年までの往復恒星探査が,アインシュタインの相対性理論により,船内経過時間ではわずか21.23年で可能になるというストーリーである。もちろん帰還は,われわれの太陽系時間で出発から404年後のことになる。

 恒星船の概要は以下のようになる。星間からイオン化水素原子を吸入し核融合炉の一点に導入する場合には,恒星船の(場合によると1AUほどの)前方に(初期のアイデアでも1Gの加速度を仮定すると半径2000kmの)円形の磁場レンズを置く。レンズの磁場と,そこを通過する星間物質の運動による固有の磁場との相互作用により,星間物質を恒星船の先端部に集めることができる。しかしこの方式では,レンズの収差と星間物質同士の反発による電磁的な意味での収差による欠点があるので,これを克服する必要がある。一方,核融合炉では,後述の反応でエネルギーを発生させ,残りの星間物質をノズルから噴射させることによって推力を得る。なお,星間物質が中性の水素の場合には,イオン化装置も必要となる。さらに,宇宙塵(じん)や恒星の引力圏での隕石(いんせき)にも備えねばならない。



 核融合炉に関しては,現在地上用は原子力研究所のJT-60に代表されるように「重水素-3重水素」のDT反応を採用した円形のトカマク型が主流である。臨界条件はクリアしたが,運転に必要なローソン条件はいまだ達成されていない。そこで,国際熱核融合実験炉(ITER)計画により,さらなる研究の進展を期待したいし,将来宇宙用への転用も可能にする必要がある。

 しかし恒星船に搭載する段になると,上述のように星間の水素イオンが燃料なので,「陽子-陽子」反応が基本である。放射線の船内への影響はないが,放出されるエネルギーがDT反応などに比べて1桁以上も劣るので,あまり有利な反応とはいえない。従って,将来水素イオンを他の効率の良い反応方式へ転換できるかどうかも,10万光年の直径を有する銀河系探査を考えたとき,重要なキーポイントとなる。また,1億度以上の超高温のプラズマを閉じ込めるための超伝導コイルも,現在のような液体窒素温度(約77K)程度のものでは,とうてい数百年も持たないであろう。将来,さらなる高温,せめて常温程度で動作する材料の開発が当然望まれる。

 出発時は,太陽系内の惑星や衛星などの基地に設置されたエネルギービーム衝撃推進システムから発射される強力なビームを,恒星船の電磁レンズと兼用の推進プレートで受けて,加速航行する。この衝撃推進システムは燃料が基地にあるので,燃料の積載の必要がない。さらに,恒星船が太陽系を脱出したとき,その速度を光速に比べて無視できない大きさに加速する役割を果たす。

 燃料をほとんど積載しないとはいえ,このような巨大な宇宙船をどこで建造し,どこから打ち上げるかも重要である。月やできれば重力の小さい小惑星を発見して,そこを基地として使いたい。幸い出発時は原子炉を使用しないので,事故による放射能汚染の問題は存在しないのではないかと思われる。



 恒星船の装備や運用法などについて考えてみたい。恒星間航行では,時間の点から太陽系との交信はほとんど望み得ないため,完全な自律航法となる。データの解析,問題や事故の発生などの解決を迅速かつ的確に行わねばならないから,小型軽量で高速大容量のコンピュータシステムなどの使用やこれらのオーバーホール,およびバックアップシステムの用意が不可欠となる。この点は,他の設備についても事情は同じである。クルーには,これらの保守要員を含めることを忘れてはならない。こうして,目的の恒星が近くなるとさらに減速して,惑星系に小型の探査船を送ることになろう。

 しかし,太陽系の基地と違ってビーム衝撃推進システムは存在しないから,恒星船が無人ならフライバイで済ませることもできる。有人の場合には,恒星やその惑星系を十分に観測した上で,適当な惑星などによる多重スイングバイにより,太陽系への帰還が可能な解が得られるものと考えたい(あるいは遠い将来,反物質の対消滅によるエネルギーが利用できる可能性もある)。また,巨大な船内では船内時間でも数十年間の滞在となるので,ベテラン世代と若い世代とが同居することとなり,一般の社会と同様であるから,衣食住の環境や医療などのインフラの整備も欠かせないであろう。

 このような恒星探査は,基地の建設も含めると,目標とする恒星船の建造だけでもおそらく数世紀を要するであろう。安全確実を期すために,まず無人恒星探査で数回の試験航行を十数世紀かけて行い,その後に有人の段階に進みたいものである。

(たかはし・けいじ 宇宙探査工学研究系) 



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