No.276e
2004.3 号外

ISASニュース 2004.3 号外 No.276e 


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置 土 産 

前 山 勝 則  


今年の正月,近所の神社にて。

 誰が書いていたのか憶えていませんが,大学卒業の年,「職場の上司や同僚にとんでもない悪漢がいたら,ひそかにそいつの弔辞を作文する」という一文を見つけました。生意気盛りの年ごろですから「これは使えるぞ」と,早速手帳にメモっておいたものでした。

 この研究所に入って以来,こんな若気の世渡り術など一度も使うことはありませんでした。素晴らしい職場環境と,良き先輩・同僚・仲間たちに恵まれたことを,何よりもまず一番に,心から感謝する次第です。

 昔話を連ねてあいさつ文とするのは退屈の押し売りになるので,51歳で始めた「10年日記」と,6年前から続けているウオーキング,このつの効用を披露して,お先に卒業する者からの置土産にしたいと思います。



 さて,わずか一昔前。思い起こせば,50歳の大台を超えるのは実にイヤなものでした。半世紀も生きた確たる証しもないし,あと10年で定年。髪の毛は心細くなり,体力は目に見えて衰え,記憶力も怪しい限りです。いやはや,すっかり考え込んでしまいました。行く手には黄昏(たそがれ)が見え始めようとしているのです。

 ある日,酒を飲んで気が大きくなっている夜半,ちょっと開き直ってみました。すなわち,齢を重ねるのは逃げられないことだから,事実は事実として受け入れ,現実を見つめてみるか,と。酒飲みにはこういう単純な心境変化がよく起きます。功徳の酒ですね。

 1994年元日,「現実を見つめ開き直る」作戦として「10年日記」を始めました。

 この出来合いの日記帳の「1月1日」を開くと,A4判1ページを十等分して,10年分の「1月1日」のマスが並んでいます。どの月日を開いても,同じく10年分10個のマスが準備されています。2.5cm×16cmのマスに1日200文字ぐらいでまとめます。長々しい感想などは書けません。その日にあった出来事のみを簡潔に羅列することになります。

 この「10年日記」導入は大正解でした。

 1日1日のマスは,当たり前のことですが,確実に文字で埋まっていきます。それらの時間の流れを観察すると,紙面に残る出来事の数々が,隠しようもない自分の小さな歴史を形作っているのが見えてくるのです。仕事や日々の生活,新たな交友などが,生き物のように活発に変化し,面白く成長してゆきます。50代の生活とは思えない新鮮な刺激です。衛星打上げの失敗,友人たちの祝事,厳冬の能代実験,昔憶えた外国語のさび落とし,ルアーを追うヤマメ,一般公開,北京の友人宅の水餃子,労組の議論,ジャガイモ掘り,残業,出羽桜しぼりたて本生,ユーフラテス河の水面のきらめき,などなど。ページに火照る数え切れないいろいろのあれやこれや。



 実を言えば,早朝ウオーキングの実践も,あれやこれやの一つなのです。

 日記をめくると,1998年4月のある日,敢然として歩き始めています。理由は減量。その年の正月から体重が96kgに達したのです。当時のウワサによれば,巨漢的川泰宣先生が減量に成功して96kgを割ったとのことで,そのままではISAS体重番付の横綱になってしまいます。追われているようで焦りました。

 最初にやることは歩く時間帯の選定です。手間取りましたが,早朝1時間に決めました。

 減量は継続こそが力です。4年続けたら14kgも落とせました。番付に追われる脅威は消え去り,そればかりでなく,予想外のウオーキング効果も表れました。この6年間,人間ドックで指摘される血圧,尿酸,血糖などの

生活習慣病に属する気掛かりな値は,安全地帯にとどまっています。ビックリ効果です。  その上,早朝に活動するものですから,夜10時には寝てしまいます。飲み会に参加しても,寝る時間が近づくと静かにオイトマします。少年のような早寝早起きの生活ぶりを,酒友たちは今もなお信じてないようです。風邪を引いたのは6年間2回。朝型人間に変身して夜更かししなくなった成果でしょうね。

 ウオーキング中に意欲や思考力が活性化するのも,意外な発見でした。厄介な相手との面倒な用件が控えていても,てきぱき前向きに処理する考えが一歩ごとにわき出します。

 開き直って始めた手習い事が,五十路の坂を越えた生活に,新しい風と活力を送り込んできたのですね。なんだかすっかり,自画自讃のあいさつになってしまいました。



 若いころは,定年の先輩諸氏に対して「おめでとう」の言葉を使うことにためらいがありました。職場と仲間に恵まれ,健康にこの日を迎えることができることを,いま「めでたい」と,素直に受け入れることができます。

(まえやま・かつのり システム運用部技術情報管理グループ) 



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