No.232
2000.7

<研究紹介>   ISASニュース 2000.7 No.232

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用語解説
混相流

数値燃焼試験の夢

宇宙科学研究所 嶋 田 徹  



 コンピュータを用いて物理現象を数値的に模擬することによって,空気等の流体の力学を研究したり,或いは模擬するためのソフトウェアやハードウェアの技術を研究したりする学問分野を数値流体力学と呼びます。数値流体力学は英語でComputational Fluid Dynamicsと呼ばれ,通常CFDと呼ばれています。既にCFDは各種試験と補完しながら,ロケットの設計開発にとって重要な道具となっています。また,設計対象で生じる物理現象をより良く理解するための道具としても活躍しています。

 はじめに,衛星打ち上げ用ロケットが飛翔する際の速度を見てみましょう。打ち上げ直後の低速度からロケット噴射によって徐々に加速し,やがて音速に達し,さらに速度を上げます。機体に掛かる空気力や熱の特性は各速度領域で異なります。空力設計をするためにはこれらの特性を定量的に知る必要があります。空気力学的環境を地上で人工的に作り出す装置を風洞と呼びます。風洞試験では,模型の周りに気流を当て,模型に働く力等を測定します。しかし高速度の領域になる程,風洞で実環境を再現するのが困難になります。一方CFDにはそのような制約がありません。このような理由から,全ての設計データを風洞試験で賄うよりは,CFDと補完しあう方が,効率的であると考えられます。この考え方をさらに推し進めたものが数値風洞です。既に数値風洞試験という意識でCFDを活用する人達が現れています。

 CFDは空気力学技術の分野だけでなく,推進技術の分野でも同様に活用されています。ならば数値燃焼試験ができないでしょうか?ここではそのようなことを少し考えてみます。

 まず,ロケットの内部流れに目をやりましょう。燃焼室内は,固体ロケットを例にとると,摂氏3000度を超える高温,50気圧〜100気圧にもなる高圧の燃焼ガスで満たされています。ロケット内部の気流の速度は,燃焼室では亜音速,スロート付近で音速になり,ノズル拡大部で超音速になっています。この気体は固体推進薬が燃焼することによって供給されます。

 一般に推進薬は主に酸化剤と燃料から構成されています。人工衛星打ち上げ用の大型ロケットに使われる固体推進薬では,酸化剤微粒子等が,燃料となる物質によって接着された格好になっていて,コンポジット推進薬と呼ばれています。M-Vロケットの推進薬では,過塩素酸アンモニウム(AP:NH4ClO4)を酸化剤とし,末端水酸基ポリブタジエン(HTPB)を燃料としています。APは球形粉末状で何種類かの粒径を組み合わせて用いています。HTPBは液状のゴムです。この他に助燃材として直径30〜40ミクロンのアルミニウム(Al)粉末や,酸化鉄(Fe2O3)の粉末が加えられ,硬化剤と共に全てを混ぜ合わせて固められています。金属燃料を混入すると燃焼温度が上がりますので,その結果ロケットの性能が向上します。

 一方アルミニウム粒子を混合することによって燃焼ガスの物理化学的過程は複雑になります。仮に全部のアルミニウムが酸化アルミニウム(アルミナ:Al2O3)になるとしますと,アルミナ粒子の質量分率は全体の40%近くにもなります。このため,固体ロケットモータの内部流れは,気相と粒子相からなる混相流として考える必要があります。

 数値燃焼試験を実現するためには,固体ロケットモータ内部の物理化学過程を適切に表現する数学モデルを作り,これを精度良く効率的に数値解析することが要求されます。数学モデルを作るためには,実験で起こる現象を注意深く観察したり,必要な物性値を取得したりすることが重要です。そして物理学と化学や数理解析の手法を用いて,数学モデルを構築します。数学モデルと解析ツールを作るときの,実験,理論,数値解析の役割分担を図1のように考えてみました。

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用語解説
バインダー

図1 数学モデルと解析ツール構築の方法

 では数値燃焼試験のための数学モデルについて考えてみましょう。まずコンポジット推進薬の燃焼について見ます。推進薬表面が点火器によって加熱されますと,酸化剤(AP粒子)とバインダーの熱分解が促進されます。熱分解によって発生したガスは拡散混合によって反応し,推進薬表面より少し離れた位置に火炎を形成します。そして火炎の熱が推進薬表面にフィードバックされて,酸化剤とバインダーの熱分解が促進され,燃焼が維持されます。フィードバックされる熱量は燃焼表面の局所圧力,温度および流速によって変化します。熱量の変化は酸化剤や燃料の熱分解速度を変化させます。言い換えれば推進薬の燃焼速度は,近傍の気体の速度,圧力,輻射の変動に応答して変化します。そして燃焼速度が変わると流量が変化し,それに応じて圧力が変化するという具合に,これらは密接に関係しあっています。ロケットとして望ましくないのは,この応答が共鳴する場合です。この場合,燃焼は非定常になって激しく振動し,燃焼室を構造力学上の脅威にさらすことになります。

 推進薬の燃焼に関する着火,保炎,消火,振動燃焼,侵食燃焼の数学モデルを個々に研究するだけでなく,内部流動の数学モデルと一緒に統合したアプローチを模索したいと考えています。

 アルミニウムは酸化皮膜を帯びた固体粒子の形でランダムに推進薬に混合されています。燃焼表面が近づくにつれて粒子周辺の温度が上昇します。やがて燃焼表面が粒子に達し,粒子がバインダー蒸気中に露出します。粒子温度はアルミニウムの融点に達し,酸化皮膜が破れて液体アルミニウムが流出し,近接の粒子同士が付着する状況になります。さらには付着していた複数の粒子が合体し,凝集体と呼ばれる単一の液滴を形成したりします。凝集体の直径は50〜400ミクロン程度です。さらに温度が上がって,アルミニウムの沸点(1気圧の場合で2750K)に達しますと,液滴は 炎を発する離脱火炎(温度3800K程度)に包まれ,燃焼ガスに乗って燃焼室内に流れ出し,ノズル出口に向かって飛翔します。燃焼しながらアルミニウム粒子は縮小し,燃焼が完結するとアルミナの残滓を残してなくなります。アルミニウムが燃焼している間は,直径1ミクロン程度のアルミナ液滴の白煙が発生します。

 数学モデルを作る際には,このような直観的なイメージや,ある種の簡略化がどうしても必要となります。しかし実際,燃焼中の粒子はアルミニウムを核としてアルミナが取り囲んで凝集したような液滴のようです。両者が初期にどのぐらいの割合か(初期燃焼完結度),燃焼室内では如何なる粒径分布と考えればよいのか,充分と言えるデータがあるわけではありません。現在このデータを取得するための実験が進行中であり,その成果に期待するところです。

 次に混相流の数学モデルを考えましょう。混相流では相境界で起きる微視的スケールの現象が,内部流れの巨視的スケールの現象に影響を及ぼしています。

 アルミナ粒子の平均粒子間距離を概算で評価しますと,粒子直径より十分大きい事が判ります。このような混相流は,希薄性の分散流と分類されます。この場合,粒子運動は主として気相が及ぼす表面力と重力などの体積力によって支配され,粒子衝突は二体衝突でモデル化することができます。また,粒子相の体積率は無視できるほど微小です。

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 固体ロケット内部流れの代表長はスロート直径のオーダーです。これと粒子の平均距離を比べてみると,前者が後者より桁違いに長いことが分かります。このような場合には,粒子相に体積平均量を定義することができます。そして体積平均量の振る舞いを,連続体の保存方程式によって表現することができます。このことを利用したモデル化を二流体モデルと呼びます。一方,粒子相を運動方程式によって表すモデルを,ラグランジュモデルと呼んでいます。

 混相流中の粒子の速度や温度は粒子の大きさによって異なります。大きい粒子ほど気相との速度差や温度差が大きくなります。粒子が気相速度に緩和するまでの時間と,流体現象の代表時間との比をストークス数と呼びます。燃焼室内部の低速気流中を1ミクロン程度のアルミナ微粒子が流れている場合は,ストークス数がより充分小さく,粒子相の速度と温度は速やかに気相に追従します。これを平衡流と呼びます。一方,ノズル拡大部の高速気流中を200ミクロン程度のアルミニウム粒子が流れている場合は,ストークス数がより充分大きくなり,粒子相は気相の状態に無関係に振舞います。これを凍結流と呼びます。これら両極端を考えることにはそれなりの意味があります。しかし現実はこれらの中間の非平衡混相流です。

 速度差や温度差ができると,摩擦や熱伝達の現象が生じ,気相と粒子は運動量やエネルギーを交換します。非平衡混相流では,相間の速度や温度差の緩和時間と,流れの代表時間が近い値になっています。運動量の交換は粒子の空力抵抗係数によって,またエネルギーの交換は粒子の熱伝達係数によってモデル化されます。通常の飛翔体であれば,これらの係数を風洞試験で測定し速度差や温度差に対する相関式をまとめることができます。しかし,燃焼しながら飛翔する微小液滴の風洞試験は非常に困難と思われます。今後,CFD解析を利用して,反応気体中を燃焼しながら飛翔するアルミニウム粒子の周りの流れ場を解析し,上記の係数を評価したいと考えています。これ自体容易いことではありませんが到達可能な目標と思っています。

 粒子が充分微小になると,気相分子の熱運動に影響されてブラウン運動が起こります。1ミクロンのアルミナの場合,ブラウン運動の拡散係数は温度の燃焼室内の温度で高々5x10-6m2/s程度と評価されますので,ブラウン運動による大きな影響はないと考えられます。

 液滴に掛かる慣性力と表面張力の比である液滴ウェーバー数がある臨界値を超えますと液滴分裂が起きると考えられています。粒子直径が大きくなって100ミクロン前後になりますと液滴分裂をモデル化する必要があります。また液滴同士が衝突すると,凝集や分裂が起こります。これによって粒子相の運動量やエネルギーの散逸が起きます。粒子相を一つの流体とみなすアプローチでは構成方程式のモデルを研究しなければなりません。あるいは計算規模が大きくなりますが,粒子相を幾つかのグループに分け,グループ毎に保存式を立て,グループ間の質量等の交換をモデル化する方法も考えられます。交換における係数は気体論の方法をベースにしてモデル化できそうです。

 表面張力や液滴衝突については,モデルを作る前に,充分な実験観測と,CFDによるシミュレーションを実施したいと考えています。

 内部流れの数学モデルと数値解析ツールが完成すれば,そこからロケットの性能評価,モータ内部材への熱負荷評価は容易にできます。その次のステップとして,構造・耐熱部材の熱化学的および熱構造的な応答を同時に扱う数値解析ツールに発展させたいと思います。そこまで行けば,少しは数値燃焼試験の姿が見えてくるのではないでしょうか?

 ここでは固体ロケットを例として数値燃焼試験の夢を語らせて頂きました。言うまでもなく,液体ロケット,ハイブリッドロケット,電気推進の数値燃焼試験を考えることができます。また,スペースの都合で割愛しましたが,“数値燃焼設備”即ち計算機ハードウェアと,数値解析アルゴリズム側にも興味深い課題が多いことでしょう。

 というわけで,数値燃焼試験と呼べるようになるまでには,色々な分野の研究が必要です。ご興味をお持ちの方々と一緒に進めたいと思います。

(しまだ・とおる) 


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