No.232
2000.7

M-V事情
ISASニュース 2000.7 No.232

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小野田 淳次郎 

 本ISASニュース4月号で述べたように,M-V-4号機では第段ロケットのノズルのグラファイト製のスロート・インサートが点火後4秒以内から徐々に破損・脱落し,これにより耐熱性の低下したノズル・スロート付近がやがて高温の燃焼ガスにより溶損し,高温ガスがノズル側面から噴出,周辺の機器を焼損したために,姿勢制御系が機能を停止し,第段点火までの間姿勢が乱れた結果,衛星を所期の軌道に投入出来なかった事が比較的早期に判明した。  その後,何故M-14モータのスロート・インサートが破損したのかを究明する作業が鋭意行われた。4月号でも述べたとおり,ノズル製造メーカとノズル・スロート素材メーカの製造工程調査や検査記録確認を実施し,発射後射点付近から回収したグラファイト破片の調査も実施した。スロート・インサート素材内の物性値のばらつきを調査するために,完成していた実機ノズルを分解してスロート・インサートの各所から作製した試験片による引き張り強度の調査も行った。この試験には所内はもちろん東工大田邊助教授にも度々のお立ち会いをお願いした。また,4月号でも述べたとおり,設計の妥当性を確認するために,詳細な解析を実施した。解析は,固体ロケット内のアルミ/アルミナ粒子を含む複雑な流れを解いてスロート・インサートへの熱入力を評価する作業,これを受けて,境界条件の変化や非線形な材料物性を温度の関数として扱う非線形応力解析を実施する作業,更にその結果を多軸応力下での破壊確率論を用いて評価し,破壊確率を求める作業よりなり,かなりの労力を費やした。これらの検討の結果,破壊原因の候補と考えられた要因は一つ一つ否定されていった。グラファイト製のスロート・インサートについてはロケットの燃焼中に破壊したことはなく,国内でも数百機に及ぶ長い実績を持っていたことから,詳細な非破壊検査を実施してこなかった。そのため,スロート・インサートの内部または表面に亀裂などの欠陥があったために破壊した可能性は最後まで否定できず,消去法ながらこれが原因であった可能性が高いとの結論に達した。また,(財)発電設備検査技術協会の協力も得て,グラファイト材中のどの程度の大きさの欠陥までが非破壊検査で検出できるかを確かめる試験も実施した。その結果,現状の非破壊検査技術では,M-Vロケット第段の大きさのグラファイト製スロート・インサートについて,燃焼中に内部の亀裂などの欠陥から破壊することがないことを保証する事は困難であることも判明した。このため,今後の対策としては,より破壊靭性が高く,大きな欠陥があっても破壊しにくい次元カーボン・カーボン複合材の使用を第一案として検討したいと考えている。  この間,5回M-V-4号機調査特別委員会6回の宇宙委技術評価部会で審議いただいた後,6月30日の技術評価部会で同部会としての報告書案が取りまとめられた。委員の先生方を始め,ご助言,ご協力をいただいた方々にこの場を借りてお礼申し上げる。特に,多軸応力下での破壊確率論の導入は松尾陽太郎東工大教授のおかげである。また,今回の原因究明に当たり,所内外の関係者の苦労は大変なものであったが,比較的短時間のうちにスロートインサートの熱,応力,強度解析技術が飛躍的に向上したほか,多くの有用な知見を得る事ができ,またいくつかの今後の研究の課題を特定することができた。その中で,若い教官層,特にプロジェクトの中ではともすれば目立ちにくい材料分野の若手の活躍が頼もしく感じられた。今回の打ち上げ失敗で失ったものは途方もなく大きく,M-Vロケットの信頼性回復に向けた厳しい取り組みは始まったばかりであるが,このようなプラスの面も大切にして行きたいと考えている。

(おのだ・じゅんじろう) 


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