No.208
1998.7

<研究紹介>   ISASニュース 1998.7 No.208

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宇宙初期に星は生まれているか?

宇宙科学研究所  松原英雄   



 我々の住む銀河系は,宇宙の歴史(120億年間とも150億年間とも言われている)の中で,いつ,どのようにして誕生したのか?これは現代天文学が解き明かすべき最重要課題の一つである。銀河は星の大集団である。従って銀河の誕生とはその主要な構成員である(最初の)星の誕生を意味する。さて,百億〜一兆個もの星からなる銀河の大半は楕円銀河やスフェロイド成分が卓越した早期型円盤銀河であり,ここ数十億年は殆ど新しい星は生まれていないことが知られている。すると大部分の星は,宇宙初期(宇宙年齢で五〜十億年の時点)の十億年オーダーの期間で誕生したことになる。これは年間百〜千個という膨大な割合で星が誕生したことを意味し,従って銀河は宇宙初期には今に比べて何百倍も明るかったはずである。ここでは,この宇宙初期の星形成について今日何がわかっているか,そして,スペース赤外線観測がその解明の上で果すべき役割について述べる。



◆誕生したばかりの銀河は見つかったか?

 誕生したばかりの星の光は,紫外〜可視光領域に主に放射される。しかし宇宙初期に誕生した星からの光は,宇宙膨張による赤方偏移(波長が長い方へずれる)のために,可視〜赤外領域で観測される。この波長が何倍になるかの係数を1+zと書いて,zを赤方偏移パラメータと言う。宇宙初期,即ち宇宙年齢十億年以前の宇宙は,z=4以上に相当する。
 可視光及び近赤外波長域では,地上及びスペースからの観測(ハッブル宇宙望遠鏡など)で宇宙初期の誕生したばかりの明るい銀河を探し求める試みがなされてきたが,未だに発見されていない。宇宙初期の銀河が,今に比べて何百倍も明るいという仮説は正しくないのだろうか?そう結論するのは未だ早い。なぜなら,星は確かに生まれているのだが,何かに遮られていて見えにくいだけかもしれないからである。この星からの光を遮るものとして,星間塵(星間空間に漂う固体微粒子)がある。そもそも星はガスと塵の雲の中で誕生するから,塵に星の光が遮られる可能性は極めて高い。実際,近傍宇宙でしばしば見られる爆発的星生成(スターバースト)中の銀河は,大量の塵があるために可視光では暗い場合が多い。
 塵は星の光を遮ると同時に,自身は星のエネルギーに暖められ,30〜100ミクロンの遠赤外波長でエネルギーを放出する。この塵からの遠赤外線は,赤方偏移により主にサブミリ波〜ミリ波で観測される。これを捉える一つの試みとして,ここ数年,z>4の電波銀河(中心に活動的銀河核がある)のサブミリ・ミリ波地上望遠鏡による連続波観測が盛んに行われている。そして,実際,塵からの放射と考えられる膨大な遠赤外線を幾つかのz>4の電波銀河から検出している!表1はその代表的な例である。


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これらの遠赤外線光度は,銀河での最初の星形成中に期待される光度に匹敵している。さらにまだ2例ではあるが,一酸化炭素の回転輝線の検出例もあり,星の母胎である分子ガス雲が膨大に存在する証拠も得られている。これらの銀河では,その歴史上最初の星形成がまさに行われているのかもしれない。



◆赤外宇宙天文台ISOによる探索

 では,どうすれば,最初の星形成の確実な証拠が得られるだろうか?それはやはり,そこで誕生している星の集団の年齢を決めることである。それには(銀河の静止系での)紫外〜近赤外のスペクトルを詳細に調べることが必要である。しかし電波銀河の場合,活動的銀河核からの強力な放射が邪魔をして,星からの光のみを分離して調べることは極めて困難である。従って,活動的銀河核を持たない宇宙初期の大光度遠赤外線銀河をぜひとも見つけたい。そのためには,非常に高感度の遠赤外線無バイアスサーベイを行う必要がある。そしてそれは赤外天文衛星によって初めて可能になる。
 宇宙科学研究所・東北大学・東京大学・名古屋大学・岐阜大学・ハワイ大学の研究者からなる銀河・宇宙論観測研究グループは,赤外宇宙天文台ISOの観測装置の一つISOPHOT(遠赤外線測光器)による広域ディープサーベイを提案し,1996年5月〜6月に実際に観測が行われた。ISOは,欧州宇宙機関が中心になって開発し,1995年11月に打ち上げた口径60cmの冷却望遠鏡を持った宇宙天文台である。観測した領域は,全天で銀河系内星間ガスの最も少ないと考えられている,「ロックマンホール」と呼ばれる大熊座方向の領域である。この観測では,波長95及び175ミクロンで,44分×44分の二つの天域をサーベイした。この結果得られたマップを図1に示す。


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遠赤外サーベイは,これまで1983年IRASサーベイしか存在しなかった。ISOによるサーベイは,角分解能・及び感度ともにIRASよりも格段に向上したおかげで,IRASでは見つからなかった天体が極めて多数検出された。フラックスが150mJyを超える天体の数は,1平方度32個(95ミクロン),40個(175ミクロン)に達する。この数は,赤外線銀河の光度や個数密度に,現在と過去とで全く進化がない,とした場合の予想数を約一桁上回っている(昔ほど数が多いか,若しくは明るくなければならない)。この中には175ミクロンのフラックスが,95ミクロンのそれに比べて極めて大きい天体(「赤い」天体)も数多く含まれている。地上望遠鏡による詳細な追跡観測は未だ始まったところであるが,これらの「赤い」天体の中に,宇宙初期の大光度遠赤外線銀河がおそらく含まれているであろう。



ASTRO-F(IRIS)計画



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 ISOは天文台型性格の衛星であり,広域な無バイアスサーベイにはあまり向いていない。銀河宇宙論グループが得たデータの観測天域の広さは約1平方度であるし,ISOミッション全体でもおそらく数十平方度であろう。これに対して現在進行中の宇宙科学研究所第21号科学衛星計画ASTRO-F(IRIS)では,全天(約4万平方度)にわたってISOと同程度の検出感度をもって遠赤外サーベイを行う(なおIRIS InfaRed Imaging Surveyorの略称)。
 IRISの外観を図2に,またミッションの概要を表2に示す。


IRISは口径70cmの冷却望遠鏡で,前述した遠赤外サーベイ装置(FIS)と共に,近中間赤外カメラ(IRC)も搭載している。FISによる全天サーベイは,地心−太陽方向に垂直な面内を望遠鏡の指向方向が軌道1周につき一回転するような仕方で姿勢制御することで行われる(一様サーベイモード)。IRCによる撮像・分光観測,及び FIS による分光観測時には,衛星を特定方向に約10分間固定する(指向観測モード)。後者の観測モードにより,天文学的に重要な天体の波長2ミクロンから200ミクロンまでにわたる詳細な撮像・分光データを得ることができる。なお衛星の寿命は冷媒の超流動液体ヘリウムの消失までで決まっている(予定では打ち上げから440日)が,これを2期に分け,前半(Phase1)では,FISによる全天サーベイを中心に行い,後半(Phase2)で指向観測モードの観測,及び Phase1でやり残した天域のFISによるサーベイ観測を行うことを考えている。全天サーベイではおそらく数百万個の遠赤外線源が見つかるであろう。従って宇宙初期の大光度遠赤外線銀河の候補が,数万個のオーダーで存在するであろう。そしてそれらの一部については,Phase2の指向観測でスペクトルを調べることにより,その正体にせまることができるだろう。



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◆おわりに

 宇宙初期の銀河の星形成を研究において,まず星形成している銀河が天空上のどこにあるか,見つけないことには何も始まらない。ISOそしてIRISによる無バイアスサーベイ観測の意義はまさにそこにある。しかしながら,ASTRO-F計画の実現までには数多くの課題がある。例えば表2に示すように,現在想定されるデータ発生量では,KSC一局だけではすべてのデータを地上に伝送することが非常に困難である。学問的価値を減少させないためにはぜひとも海外局の利用を実現したいところである。ASTRO-F計画に関係される,あるいは関心をお持ちの所内/所外の皆様方の,ご指導及びご支援を心からお願いしたいと思う。

(まつはら・ひでお)



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