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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第514号

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ISASメールマガジン   第514号       【 発行日− 14.07.29 】
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★こんにちは、編集担当の阪本です。

 梅雨が明けて夏本番となった先週の金曜日と土曜日にはJAXA相模原キャンパスの特別公開が行われました。終了後には展示解説員たちの発案で展示室の模様替えが行われ、特別公開前とはまたちょっと感じの違う配置になっています。現場のアイディアがすぐに反映されるのもこの展示室のいいところです。

 なお、今回をもって私は編集担当を外れ、国立天文台チリ観測所(三鷹 勤務)に異動することになりました。今後ともISASメールマガジンをよろしくお願いいたします。

 今週は、学際科学研究系の矢野 創(やの・はじめ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:トナカイとニホンジカとお隣さん
☆02:今も温かい月の中〜月マントル最深部における潮汐加熱〜
☆03:相模原キャンパス特別公開2014、終了
☆04:伝統的七夕ライトダウン2014
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★01:トナカイとニホンジカとお隣さん

トナカイの地から
 
 気がつけば、4年に一度のワールドカップの熱い夏が終わってしまいました。世界中がブラジルに注目していた頃、私は「サンタクロースの故郷」 と伝わる北欧フィンランドのヘルシンキで、やはり3〜4年に一度だけ世界中から小惑星・彗星・流星の研究者が集まって開かれる「ACM国際会議」に参加していました。その涼しげなロケーションに反して、近年珍し いほどの熱気で火傷しそうな1週間でした。

 その理由の一端は、この国際会議が、今年後半から来年にかけて人類が太陽系に残された数少ない小天体の未踏峰へ次々と世界初の探査機を送り込む前夜祭のようだったからです。具体的には、彗星核へランデブーと着陸を行う欧州宇宙機関(ESA)の「ロゼッタ・フィラエ」ミッション、小惑星帯最大の天体、準惑星ケレスとランデブーする米航空宇宙局(NASA)の「ドーン」ミッション、そしてカイパーベルト領域の最も代表的な準惑星である冥王星とその衛星たちをフライバイ観測するNASAの「ニューホライズンズ」ミッションです。

 近年、太陽系形成論の新しい仮説の証拠や地球の海水・生命の原材料の供給源としても、太陽系小天体の探査に大きな期待がかかっており、これ らの成果によって、そうした研究の新しい扉が開かれることでしょう。

 ACM終了後、日本への帰国便の乗り継ぎをしたパリのシャルル・ド・ゴール空港にて、フランス在住の英国籍の旧友と鉢合わせしました。15 年ほど前に私が米国ヒューストンで彗星塵の研究をしていた頃、とある火星隕石中に発見された原始的な微生物の化石様構造の特徴を研究していた女性で、私とオフィスもアパートもシェアしていた親友でした。今や欧州アストロバイオロジーネットワーク協会(EANA)の会長を務め、フランスの国立研究所のアストロバイオロジー研究部門も統率する彼女も、日本へ向かう途中だったのです。

ニホンジカの地から

 実は七夕から1週間、3年に一度だけ世界中からアストロバイオロジーの研究者が集まる国際会議「Origins(オリジンズ)」が、今度はわが国で開催されたのでした。私もフィンランドから帰国した当日に自宅で荷物を入れ替えて、同じ日の深夜に開催地・奈良へ移動しました。もちろんパリ空港で再会した親友も、500名近い参加研究者の一人として現地入りしました。宇宙科学研究所も、今回の会議を共催させて頂きました。

 台風8号の本州上陸に遭遇しながらもこの国際会議では、太陽系以外の惑星系に次々と発見される多種多様な惑星たちの統計的傾向や、地球や火 星のように中心星(太陽など)の近くを巡りながら天体表面に生命圏を持つ天体よりも、重力の大きな惑星の回りを巡りながら内側に海水を湛え、海水を噴出している氷天体(木星や土星の衛星など)こそ、生命を育む環境としてはありふれた場所かもしれないとする新しい考え方など、連日わくわくするような新発見や新仮説が目白押しでした。春日大社隣の能楽堂で繰り広げられた白熱した質疑応答の応酬は、ワールドカップの興奮にも負けないくらいでした。

私たちの歴史的位置付け

 メルマガ読者の皆様、申し訳ありません! ここまで本文で何の説明もなしに「アストロバイオロジー」という言葉を、あえて繰り返し使ってきました。

 「生物学(バイオロジー)」に「宇宙(アストロ)」を意味する接頭句を冠したこの言葉は、20世紀終盤に世界中の学術界と欧米の宇宙機関によって創られた造語です。日本社会ではまだ馴染みが薄いでしょうが、EANAの定義によると「宇宙の進化を背景とした生命の起源、進化、分布に関する研究」であり、NASAの定義によると「宇宙における生命の 起源、進化、伝播、および未来の研究」である、と総括されています。「私たちは何者で、どこから来て、どこへ行くのか?」という文明の曙以来古今東西で投げかけられてきた古典的な質問を、最先端科学に照らして探求する営みと言い換えてもよいでしょう。

 北欧の「トナカイの地」と東アジア「ニホンジカの地」という遠く離れた場所にて連続で行われた2つの国際会議は、この人類最古にして、新しい問いかけを科学的に探求するという共通点をもち、それゆえに世界中の研究者がワールドカップそっちのけでこの時期に地球上を大移動していたわけです。

 自然科学の歴史を顧みれば、この問いかけに答えるために、宇宙の始まりと行く末を見極めるべく「天文学」が、いのちの働きとその本質を理解するべく「生物学」が、それぞれ発展してきました。ただし、これら2つの学問が交差できるようになったのは、ほんの前世紀末のことです。

 その頃から天文学者は太陽系以外の恒星の周りに惑星を発見し始めました。同じ頃、物質科学者は地球に降り注ぐ隕石や宇宙塵の中に海水や生命の原材料を発見し、海洋科学者も地球の深海底に地表と異なる生態系を発見しました。こうした同時多発的な新発見の重ね合わせによって、現代に生きる私たちは、地球生命以外のいのちとそれを育む別世界について科学 的に探求できる、人類史上初めての世代となったのです。

ドレイク方程式と宇宙研

 アストロバイオロジーの始祖の一人と称される米国の電波天文学者 フランク・ドレイクらは、1960年代に、現在の宇宙に地球人類と交信可能な技術を持った知的文明の数(N)を推定する考え方を整理するために、以下の7個のパラメータを掛け合わせる「ドレイク方程式」という数式を発明しました。

 N=R*×fp×ne×fl×fi×fc×L

R*:天の川銀河系で恒星が形成される頻度(個/年)
fp:恒星が惑星系を持つ確率
ne:惑星系の居住可能領域に惑星が誕生する確率(1以上の複数個でもよい)
fl:上記の惑星で生命が発生する確率
fi:発生した生命が知的生命体にまで進化する確率
fc:知的生命体が星間通信を行う確率
L:星間通信を行う文明が存続する期間(年)

 アストロバイオロジーは、これらのパラメータを科学的に確定させる研究の集合体とも言えます。そのうち、宇宙望遠鏡、深宇宙探査機、宇宙環境実験などを担当する現在の宇宙研が探求できるパラメータはR*、fp、 ne、flでしょう。

 たとえばfpに直結する「太陽以外の惑星系の形成」の研究には、宇宙赤外線望遠鏡「あかり」や「スピカ」が威力を発揮します。neを推定するのに不可欠な「生命の生存可能環境(ハビタビルゾーン)」の探求は、太陽観測衛星「ひので」、火星着陸探査構想「ミーロス」や米国主導の 「マーズ2020ローバ」、欧州主導の国際木星衛星探査「ジュース」、土 星衛星エンケラドゥスからの海氷粒子サンプルリターン構想などが、多角的に貢献するでしょう。

 flの一部となる「生命と海の原材料」の採取・分析には、地上で見つかる隕石・宇宙塵の分析や流星の観測に加えて、国際宇宙ステーションの「きぼう」曝露部で実施予定の「たんぽぽ」実験や、今年末に打ち上げ予定のC型小惑星サンプルリターン計画「はやぶさ2」も大きな役割を果たすでしょう。同じくflの一部となる「地球生命圏の限界線」を調べるには、深海では「しんかい6500」、地表では「南極観測隊」が極限環境 に生きる微生物を調査していますが、大気圏から宇宙空間にかけては大気球や観測ロケット、地球低軌道上の「たんぽぽ」による実験が欠かせません。

 つまり宇宙研は、仮に欧米の宇宙機関ほど自覚的でなかったとしても、 すでにアストロバイオロジー研究に直接貢献する多彩な宇宙科学研究を実施したり、計画しつつあると言えるでしょう。

お隣さんを探して

 しかしながら現在のアストロバイオロジーは、neとflを決めていく上で決定的な弱点を抱えています。それは無生物から進化して共通の祖先をもつ「生命」の実例を、まだ私たちは地球生命以外に知らないということです。

 私たちは地球上で発見・整理された物理法則や化学反応は、この宇宙のどこでも通用するという事実を元に、「宇宙物理学(アストロフィジクス)」や「宇宙化学(コスモケミストリー)」という「パラダイム(ものの見方)」を築き上げて、現在の天文学や太陽系科学の研究を進めています。一方、現在の「生物学(バイオロジー)」は、地球生命というたった一つのサンプルを調べた結果によって立つ「地球生物学」にとどまっています。ですから、アストロバイオロジーをアストロフィジクスやコスモケミストリーに続く宇宙科学第三のパラダイムとして、天文学、惑星科学、生化学、地球物理学、極限環境微生物学、地質学、分子進化学、地球化学、比較生理学など、あらゆる既存の科学分野を「焼き鳥の串」のように繋いでいくた めには、地球生命と異なる発生をして今も繁栄している生命種、いわば私たちの「お隣さん」を探し出し、その性質を地球生命と比較することが不 可欠です。

 この最難関とも言うべき課題に挑戦する営みが「地球外生命の探索」です。ですから、地下水脈を持つ火星土壌や、エウロパやエンセラダスなど木星・土星衛星の内部海から噴出する海水試料中の生命のしるしの探索が、 世界中の研究者の間で、今まさに検討されている最中なのです。ただし火星と地球の間は隕石としてお互いの土壌が往来しているため、発見された火星生命が地球生命の遠い親戚である可能性も否定できないため、「真のお隣さん」の探索には、氷天体海水試料の方がより期待されています。

 このことを裏付けるように、2013年11月末に宇宙研で開催された国際アストロバイオロジーワークショップの討論会の中で、100名近い研究者が「いまから25年後までにアストロバイオロジー研究のために探 査すべき天体」を一人2票で投票したところ、以下のような得票結果にな りました。

 (1)エンケラドゥス(土星衛星)28.6%
 (2)エウロパ(木星衛星)   20.0%
 (3)火星           20.0%
 (4)小惑星          18.5%
 (5)タイタン(土星衛星)   12.9%

 もちろん、木星圏や土星圏への往復航行には、今はまだ深宇宙探査技術 や運用経験がはるかに足りません。だからこそ今は、「なぜできないか?」の言い訳を探すのに時間を費やすよりも、「どうすればできるか?」を集中して考え抜いていきたいと思っています。そうした志を共有する仲間が、宇宙工学・太陽系科学・海洋科学・極限環境微生物学などの研究分野を越えて集まり、2012年から宇宙研・学際科学研究系の中に「宇宙生物・ 物質科学実験室(LABAM)」を始動させました。「隗より始める」べく、2015年から国際宇宙ステーションで始まる予定の「たんぽぽ」実験から、小さくても確かな第一歩を踏み出そうとしています。

 4年後にロシアでワールドカップが開催されるとき、果たして私たちはどこまで「お隣さん」に迫れているでしょうか?

矢野 創(やの・はじめ) ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※