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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第513号

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ISASメールマガジン   第513号       【 発行日− 14.07.22 】
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★こんにちは、編集担当の阪本です。

 いよいよ今週の金曜日と土曜日にはJAXA相模原キャンパスの特別公開が行われます。毎年参加者のアンケートを拝見すると、1日ではとうてい回りきれなかったという声が多数寄せられます。そのために2日間実施していますので、夏休みで時間が自由になる方はぜひ金曜日の朝からお越しください。高いテンションでお迎えします。

 今週は、宇宙物理学研究系の坪井昌人(つぼい・まさと)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:臼田64mアンテナ用新8GHz帯天文受信機開発記
☆02:JAXA相模原キャンパス特別公開
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★01:臼田64mアンテナ用新8GHz帯天文受信機開発記
 
 臼田宇宙空間観測所64mアンテナは衛星追跡のためのものですが、超長基線電波干渉計(VLBI)観測をはじめいろいろな電波天文観測に利用されています。天文観測の場合も衛星からの電波と同様に、天体からの電波はアンテナで集光され電波受信機に送られ、そこで増幅され後の操作がしやすい周波数帯へと周波数変換されます。

 臼田アンテナでは天文観測バンドである1.6GHz、4.8/6.7GHz帯の専用受信機が装備され観測に利用されていますが、実は 8GHz帯も天文観測の要求が多い周波数バンドです。ご存知のようにこの周波数は衛星通信バンドで、今までは衛星追跡用受信機を利用させていただきながら観測を実行してきました。ただ衛星追跡のために送信・受信 を同時に行う必要があり、送信・受信の電波を分離する回路がフィード ホーンと受信機の間に装備されています。このため、どうしてもシステム雑音が上昇してしまい、世界の電波望遠鏡と比較すると数倍高い雑音で観測することになっていました。

 この回路は衛星追跡用としてはもちろん必要なものですが、天文観測には不要なものです。そこで私たちは、長らく使用されていなかった8GHz帯専用受信ポートのフィードホーンに目をつけ、追跡ネットワークの皆様、臼田観測所の皆様のご理解により、使わせてもらえることになりました。

 早速、当時電波天文グループにいた望月奈々子さんに手伝ってもらって、 東大院生だった山口健太郎君とこのホーンに常温受信機を取り付けて、受信可能周波数帯域を測定してみました。宇宙空間にあるメチルアルコールの分子からの電波が6.7GHz帯で受信できます。64mアンテナではこの電波を現在雑音温度の高い周波数共用ホーンを使って受信しています。 8GHz帯に加えて、6.7GHz帯もこちらのホーンで受信可能であれ ば、今と比べて大幅な感度の上昇が期待でき、観測可能性を広げることに なります。しかし残念ながら7GHz以下では雑音が急上昇して(つまり 空からの電波を受信できない)、この周波数帯は受信できないことが分か りました。

 これで周波数範囲が決まったので、冷却低雑音受信機を設計することに しました。その目標性能ですが、少なくとも世界の電波望遠鏡で実現され ている大気とアンテナを含めた雑音温度で30Kにはしたいと思いました。 なお開発の中心となったのは上記の山口君です。

 低雑音増幅器(LNA)は世界中でインジウム・リン(InP)系HEMT素子の開発が進み、8GHz帯では物理温度10K以下まで冷やせば雑音温度3−4K程度のLNAが比較的安価で市販されていますので、 今回はそれを購入しました。また入力電波をLNAに導く立体回路である円偏波器はセプタム型という比較的損失の少ないものを使うことにしましたが、立体回路を製作する時にコントロールが難しい0.1dBの損失でも常温では7Kの雑音上昇になります。これは先に掲げた目標性能に比べ て大変大きいものです。ところが物理温度10K以下まで冷やせば雑音上 昇は0.02K程度になり無視できます。そこでLNAと円偏波器を10K以下まで冷やして動作させることにしました。

 電波を損失なく常温から10Kへと導きかつ真空も保持する断熱フラン ジである「導波管断熱真空フランジ」は、ホーンから出力する導波管などの仕様が様々なので、新たに設計することになりました。断熱を重視すると電波の損失が増加し、逆だと断熱性能が低下します。冷凍機とクライオスタットは昔の科学研究費で取得した比較的非力なGM冷凍機付きのものを再利用することにしましたので断熱性能を軽視できませんでしたが、先の目標雑音を達成するにはここでの損失配分は0.1dB以下になってい ました。

 山口君は、実験的研究は初めてでしたが、実験の基本を教えるとすぐに自走し出して、熱伝導計算とネットワークアナライザの電波測定を執拗に繰り返して設計値を満たすものを作り上げました。8GHz帯受信機全体もわずか1年で完成させました。そしてその受信機の雑音(真空フランジ に試験用ホーンアンテナを取り付け測定した雑音)は12Kという十分な性能になりました。

 これを64mアンテナに搭載して天文観測することまでが彼の東大天文での修士論文のテーマでした(彼は銀河系中心に見つかったフェルミバブルの偏波観測を目指していました)が、大変残念ながらここで時間切れになりました。「先生、64mアンテナに搭載して絶対に高性能を出してくださいね」と言い残して卒業して行きました。

 この新8GHz帯受信機のアンテナ搭載の宿題が、私と共同で電波天文グループを運営する村田さんの2人に残されました。64mアンテナは衛星追跡用であり、どこかの研究室が新規開発した観測装置をホーンに実験的に取り付けるという用途には便利にできていません。備え付けクレーン で受信機と冷凍機(100kg以上あります)は途中までは運搬できましたが、ホーンのそばまでは運搬ができませんでした。大変「重い」宿題になりました。結局、臼田観測所の中島潔さんはじめ皆様、そして国立天文台の河野裕介さんはじめ皆様にも手伝っていただき「根性」で解決することになりました。

 現在、この新8GHz帯受信機は立ち上げ作業中です。大気とアンテナを含めた雑音温度の実測値は25Kで、世界のどこに出しても胸を張れる性能が実現されています。衛星追跡で使用した場合でも、遠方の探査機からの微弱な信号を受信するだけの運用であれば、威力を発揮する可能性がありますし、われわれはこの高性能を生かして新たな天文観測を実行していきたいと考えています。

坪井昌人(つぼい・まさと) ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※