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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第510号

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ISASメールマガジン   第510号       【 発行日− 14.07.01 】
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★こんにちは、編集担当の阪本です。

 首都圏では不安定な天気が続いていますが、皆さんがお住まいの地域ではいかがでしょうか。この水の惑星の住人は、降れば降ったで大騒ぎ、降らねば降らぬで大騒ぎです。水は大切ですね。そういえば、PETボトル 入りの水はガソリンよりも高かったりしますし。

 今週は、科学衛星運用・データ利用センターの矢田 達(やだ・とおる)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:トム・ソーヤと宇宙探査
☆02:ガリレオ衛星が「月食」中に謎の発光?
    すばる望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡で観測
☆03:中央道談合坂SA上り線で7月からJAXA相模原紹介展示開催
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★01:トム・ソーヤと宇宙探査
 
 のっけから、変な題名で申し訳ないが、この一見無関係な2つのキーワードは、以下に説明する理由で私の頭の中では繋がっている。

 9年前、私がアメリカでポスドクをしていた頃、ミズーリ州セントルイスから隣の州であるイリノイ州のシカゴに引っ越すことになった。セントルイスで荷物を旧宅から送り出してから、自分の車でシカゴまで向かう道すがら、ミシシッピ川を少し上流に遡った河岸の田舎町ハンニバルに立ち寄った。この町は、作家マーク・トウェインが幼少時を過ごした所で、彼の作品「トム・ソーヤの冒険」のモデルとなった場所である(作中では町の名はセントピーターズバーグとなっていた)。

 私が小学生の頃、子供向けアニメで「トム・ソーヤの冒険」が放映されて、わくわくしながら見ていたのを覚えている。私が大学の研究室に入って隕石・宇宙塵の研究を始めて2年経った頃、南極観測隊で隕石・宇宙塵探査への参加者の募集があった際、真っ先に手を挙げたのは、少年時代にこの作品に感化された影響もあったかもしれない。

 当時修士課程1年の学生の私が4年後の探査に加わるということは、博士課程に進む必要があることを意味する。学部の成績はパッとせず、「深海底の宇宙塵」という題名のギャップに惹かれて研究テーマを選び、研究の入り口に立っていた私が、博士課程に進むという決断をしたのは、突き詰めれば南極に行くためだった、と言っても過言ではないかもしれない。

 南極から帰ってから南極氷床から採集された宇宙塵をテーマに博士論文を書き、ポスドクとして渡米して研究を続けていた境遇にあった私は、 ハンニバルの町外れの小高い丘から、ゆったりと流れるミシシッピ川の岸辺にたたずむ小さな町を見下ろしながら、この町を舞台とした冒険物語の影響の大きさに思いを致して、暫し感慨に浸っていた。

 その1年後、私はその時には思いもしなかった宇宙航空研究開発機構の職に応募することになり、さらに5年後には探査機「はやぶさ」の帰還試料の取り扱いに携わるに到った。それ故に、少年期に「トム・ソーヤの冒険」を見なければ、今日私が宇宙探査に関わることはなかったのではない か、と今にして思えてくるのである。

 考えてみれば、未知の天体に探査機を送り、そこから未知の情報・試料 を得るのであるから、宇宙探査も冒険である。

 実際の所、冒険は向こう見ずな者には無理で、トムがそうであったように、出発に当たって食料・携行品を準備し、無用な危険は回避しつつ、計画的に行うものである。宇宙探査もまた、未知の天体に赴くにあたって必要な観測機器を準備し、想定される様々な状況下での試験を行って出てきた不具合を修正した後、ようやく打ち上げにこぎ着けるわけである。

打ち上げてからも何度もクリティカルな運用をくぐり抜け、目的天体に辿り着く。正に冒険である。

 日本の場合は更に特殊事情が加わる。限られた予算の中で、他国と違った新しい成果を出す為に検討を重ねて決定した科学目標に向けて、新規機器開発を行うのである。リスクとゲインを両天秤にかけた選択の連続の末、探査機を組み上げて打ち上げ、運用し、ミッションを完遂する過程は、冒険以外の何物でも無い。

 それ故、もし、探査を担う私たちの心の中にトムのような冒険心が損なわれたとしたら、それは日本の宇宙探査の衰退に直結するだろう。

 少年の日にワクワクして見た、あのトムの冒険のような宇宙探査を、今後も推し進めていきたいものである。


(矢田 達、やだ・とおる) ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※