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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第506号

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ISASメールマガジン   第506号       【 発行日− 14.06.03 】
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★みなさんこんにちは。

 創刊号からISASメールマガジンの編集を担当してきた山本悦子さんが5月末をもって引退しましたので、今回から新体制となります。今回は過渡期ですので宇宙科学広報・普及主幹の阪本が担当します。本格的な夏を前に体制が弱くなりますが、今後ともどうぞよろしくお願いします。

 今週は、推進系グループの八木下剛(やぎした・つよし)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:繰り返し使うロケットのエンジン
☆02:IKAROS:3回目の休眠モード明けについて
☆03:2014年度「宇宙学校」開催団体・概要決定
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★01:繰り返し使うロケットのエンジン(再使用型ロケット)

 宇宙科学研究所では「再使用観測ロケット」という新しいロケットの実現に向け、そのロケットに搭載することを目指した液体ロケットエンジンの技術実証試験を角田宇宙センターのメンバーと共に進めています。メルマガ投稿の機会をもらいましたので、簡単にこれらの紹介をさせていただきたいと思います。


 現在、観測ロケットと呼ばれる小型ロケット(打ち上げてから海面に着水するまでの間に高層大気の観測や微小重力環境での実験など宇宙実験を 行うためのロケット)が打ち上げられていて、毎年さまざまな研究が行わ れています。

 この観測ロケットは1回使い切りのロケット(使い捨て型)ですが、いま私たちが実現に向けて取り組んでいる再使用観測ロケットは、射場から打ち上げて宇宙実験を行い、その後に再び射場に戻ってくるロケットになります。

 再使用観測ロケットができると、ロケットの機体を繰り返し使用できるようになるため、打ち上げコストが格段に下がり、しかも打ち上げた場所に実験装置を持ち帰ることができることから、これまでとは違った(もちろん良い意味で)研究成果を上げられることが期待されています。

 さらには、小規模ながらそのような再使用型ロケットを運用することで、ロケットを再使用するメリットを実際に示すことができると考えています。

 ここでは特に再使用観測ロケットのエンジンの話をしたいと思います。 過去のロケットの打ち上げ失敗例を整理してみると、その原因の半数以上はエンジンなどロケットの推進系によるもので、再使用型ロケットの実現にはロケットエンジンの開発がひとつの鍵になります。

 これまでに再使用型ロケットとして実用化されたロケットエンジンにスペースシャトル(1981〜2011)のメインエンジンがありますが、これは安全対策のために帰還後に徹底したメンテナンスと部品の交換をしなければ次の打ち上げには使えず、再使用することによって逆に多くの時間と莫大な費用がかかることになってしまい、経済効率の悪いものになっていました。

 私たちがスペースシャトルから学んだことは、宇宙輸送のコストを飛躍的に下げるためには単に再使用化するだけではダメで、繰り返し頻繁に地上と宇宙を行き来できる、安全で使い勝手の良いロケット(さらにはそのエンジン)を作らなくてはならないということでした。

 そもそもロケットのエンジンには、高い推進性能と軽量化という厳しい要求が課せられます。これに加えて、安全で使い勝手の良い再使用型ロケットのエンジンに欠かせない機能として、
1. 自動車のエンジンのように故障の頻度が極めて低いこと(信頼性)
2. 繰り返し使用することで生じる部品の劣化・損傷を検出して不良箇所の原状復帰が素早くできること(整備性)
3. さらには、ロケットの姿勢が急に乱れるなど悪条件でも停止せずにきちんと作動すること(運用性)

こういった機能を兼ね備えて欲しいと思いますが、現状では、このような検討や経験が圧倒的に不足しています。

 そこで、このような技術の向上を目指して、再使用観測ロケットでは100回のフライト(1回のフライトで離陸時/着陸時とエンジンを2回使用するので計200回のエンジン作動)に耐えられることを前提にエンジンの設計を行っています。

 ただし、どうしても100フライト連続使用に耐えられない部品については、使用時間を決めて定期的に交換したり(例えばターボポンプの軸受は30フライトが限界)、非破壊検査により部品の変形や損傷具合を確認したり、またエンジン内部の重要な部品についてはジェットエンジンのようにファイバースコープで簡単に目視検査ができるようにしたり・・・ と、エンジンの点検整備計画を立てて、100フライトの範囲内であれば 繰り返し使用してもエンジンが故障しないよう工夫を凝らしています。


 さて一方で、もしエンジンが故障してしまった場合について考えてみたいと思います。

 当然のことながらロケットは高い安全性を有していなければなりません。再使用型ロケットの安全とは、「地上の人や建物へ危害を及ぼさないこと」が基本になりますが、より高い目標として「ロケット自身を失わないこと」を目指していくべきだと考えられます。

 たとえば、ロケットの重要な装備品であるエンジンに異常が発生したときに、それが爆発に至らないことはもちろん、それが破損して他のシステムに二次被害を与えないようになっており、残りの機能(他のエンジンなど)を使ってロケットが地上に帰還できることが経済性を考慮した安全なシステムといえるでしょう。

 再使用型ロケットがそのような高い安全性を獲得するには、エンジンも含めた主要なサブシステムについて、それぞれが故障しないよう信頼性を高めていくとともに、それらが故障した場合でもロケットが無事に地上に帰って来られる仕組みを用意しておかなくてはなりません。

 航空機の歴史はおよそ100年になりますが、その事業の黎明期(1920年代)には、信じられない数字ですが100フライトあたり1回の頻度で重大事故が発生していたそうです。一方で、今日の航空機の重大事故発生率は、100万フライトあたり1回未満という極めて安全なシステムに進歩を遂げています。

 そこには、航空機のハード面の信頼性向上とともに飛行管制システムや整備プログラムなどソフト面を充実させて、現実的に安全な乗り物として社会に受け入れられるよう工夫を重ねてきた歴史があるといえるでしょう。

 これに対して、今日のロケット打ち上げの失敗率はおよそ100フライトあたり1〜5回程度です。これを航空輸送の歴史にあてはめてみると、今後より多くの宇宙輸送の機会を得てそこで生じる課題を解決する経験を重ねることで、宇宙輸送機の高い信頼性と安全なシステムを作り込むことができ、安心して利用できる輸送システムにステップアップしていけるものと考えられます。

 ロケットを航空機のように安全で身近な移動手段に近付けていくことが目標になります。

 さてここで話は戻りますが、そのためには再使用観測ロケットのようなコンパクトで機動性の高いロケットに再使用のアイデアを取り入れて、頻繁に地上と宇宙を往復することで再使用の技術レベルを段階的に引き上げ、次第に航空機のような運航形態に近付けていくことが、将来の宇宙輸送(大規模な宇宙利用)に向けた良いアプローチであると思います。

 角田宇宙センターで実施しているエンジンの技術実証試験では、再使用観測ロケットのエンジンに必要となる機能・性能について1つ1つ確認を行っています。それは、着陸するときに必要なスロットリング(推力制御)や再着火の機能であったり、エンジン作動中に異常を検出する手段、また再使用後のエンジン部品の点検方法や寿命の確認であったりします。

 この推力4トン級の液体水素/液体酸素エンジンの試験から、再使用観測ロケットのフライト用エンジンの設計に必要なデータが順次得られています。

 再使用観測ロケットの機体開発・飛行運用をはやく実現して再使用の「可能性」を示すことが目標になりますが、まずは着実にエンジン試験の成果を上げていきたいと思います。

※再使用観測ロケットについて、詳しくは下記HPをご覧ください。
新しいウィンドウが開きます http://www.isas.jaxa.jp/j/forefront/2013/nonaka/


(八木下剛、やぎした・つよし)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※